「ふたつの自然にむけて~リビングワールドの仕事から」

投稿者: | 2008年5月2日

写図表あり
csij-journal 016 living.pdf
リビング・サイエンス カフェ報告
vol.02  2007年10月9日(火)18:30~20:00
テーマ:「ふたつの自然にむけて~リビングワールドの仕事から」
講師:西村佳哲(プランニング・ディレクター)
ファシリテーター:上田昌文(NPO法人市民科学研究室 代表)
■ファシリテーターあいさつ
今回も前回に続き非常に魅力的な方をお招きしています。じつは、前回の講師としてお招きした上田壮一さんとも親しい仲で、一緒にお仕事をされたこともあるそうです。
「ふたつの自然にむけて」という今日のテーマから、何か哲学的なことを想像する方もいらっしゃるでしょうか。先日、西村さんの催し物に行きました。説明が難しいのですが、普通の展示会とは違って、「仕掛け」のある場所とでも申しましょうか。5,6種類の「仕掛け」に出会い、非常に楽しませていただきました。私が今日一番知りたいのは、なぜこんな発想ができるのか、です。
西村さんは多彩な仕事をされていて、ひとことでは説明できません。『自分の仕事をつくる』という西村さんの著書は、もう第17刷だか、ずっと読まれ続けています。私はつい最近その本を読み終わりましたが、納得させられる表現が何箇所も見つかり、これほど読まれている理由がわかりました。自然という存在の捉え方・働き方について、考え直すことを静かに迫るような本だと思います。
今日は1時間半という短い時間ですが、西村さんとともに過ごしたいと思います。今日スワンベーカリーさんが用意して下さったこのパン、じつは砂時計をあしらったものです。砂時計は、西村さんのお仕事とも関係がありますので、そのお話もお楽しみに。
■講師:西村佳哲さん
私は30歳くらいまで鹿島建設で働き、そこを辞めてから自分なりの仕事をいろいろ重ねてきています。ご紹介いただいた『自分の仕事をつくる』という本は、私が30歳のときに行ったいろんなインタビューの仕事でした。私が辞めたのは非常に大きな会社でしたから、大組織での仕事、ゼネコンの仕事の仕方しか知らなくて、個人でやっていくすべを知らないことに気づき、どうすればいいのか考えました。ひと味違う成果を出しているところは、必ずやり方から違うんだろうな、と思っていました。そういう意味で自分が尊敬している人たち、柳宗理さん、アウトドアウェアのパタゴニアという会社、東急ハンズのロゴマークやINDIVIやUNTITLEをやっている八木 保さん等を訪ねて、「あなたはどんな働き方をしているんですか?」と質問して回りました。「働き方っていっても・・・働いてるよ」みたいな感じで、すごく答えにくい質問だったと思うんですが。答えにくいときは、「スタッフとの食事はどういうふうにやっているんですか」「残業のときの食事はどういうふうにとっているんですか」とか、具体的にいろいろ聞きほじって、まとめたのが38歳ごろです。今日はこの本の話にはあまり立ち寄らず、それと同時進行で私が手がけてきた仕事のうち3つくらいをご覧にいれたいと思います。
まず「周期」に関する展示映像。これは日本科学未来館で「時間」をテーマに行われた展覧会「時間旅行展」に出展した生物時計「一日/A DAY(生命のリズム)」(2003年)です。1日を96秒で早回しした映像で、11種類のある1日が同時進行しています。その速さを小さな時計が示しています。一番左は下田の海で、潮が満ち引きしています。2番目はシアノバクテリアという藍藻の一種で、一日の中で発光周期を持ち、夜になると発光して白いものがプツプツと見えてきます。3番目はカタバミという植物。4番目はミツバチの巣の中。5番目は沖縄の牛舎。6番目は杉並区の小学校の校庭。7番目は20代の女性20人の血圧の1日の推移を追ったグラフ。8番目は東の空で、いま満月が上がってきました。9番目は首都高速。10番目は街あかり。11番目は西の空です。今、夜なのでカタバミは葉を静かに閉じていますが、朝になると大きくなり、11時くらいに花が開きます。昼間、シアノバクテリアは発光していませんが、校庭では子どもたちが活動し、牛舎には牛がいて、カタバミの花が開いてたくさんの虫がやって来ます。首都高速道路は上り方向が渋滞しています。太陽が西の空に沈むと、冷たい空気が上昇して雲が生まれ、街には明かりが入り、学校の先生が残業しています。女性の血圧のグラフは夜中2時くらいに向けてだんだん低くなり、明け方に上がってきます。
これは、みなとみらい線ができたとき、NTTと一緒に作って、みなとみらい駅のコンコースに設置したインスタレーション「COLORS & CLOUDS」(2004年)です。NTTは、情報・人の場所をセンシングして、そこに広告がついてくるという仕組みを作りたかったそうなのですが、その仕組みを使って何人かのメディアアーティストや情報デザイナーに作品的なものを作ってもらおうということになり、僕らも参加したんです。駅で往来する人をセンシングすると、それに合わせていろんな色の光の玉が動き、その玉が次第に大きくなって、その人に対する支配力が強くなっていきます。ある日、記録映像を撮るために、みなとみらい駅に行ったのですが、みなとみらい線の開通でカメラを持ってウロウロしていた鉄道ファン、いわゆる「てっちゃん」が、だんだんこの仕掛けにハマっていったんです。やらせじゃなく、彼の自発的な行動です(笑)。この時に示してみたかったのは、人間は「自分」に一番興味がある、あるいは、自分に関する情報はすごく訴求力・求心力をもっている、ということです。例えばヨドバシカメラやビッグカメラで、ビデオカメラ売り場を通って、「あ、今映ってた?」と思って戻る感じ(笑)。それで一つ作品ができないかなと思ったんです。こういう、公共空間に何らかのメディアをつくる仕事もしています。
次にご覧いただきたいのは、栃木県・益子の小山の上にあるギャラリーSTARNET ZONEで作った「風を待つ部屋」(2006年)です。この繊細な音楽は、窓際に設置した風力センサーが受けるデータをもとに、その場でコンピューターが生み出しているものです。カーテンも使って風の動きを視覚化し、音とカーテンの動きで風という経験を強く作り出しています。手前に広がる大きな空間にはいろいろ展示するのが普通ですが、このときは何も展示せず、山に向かう開口部だけにカーテンを広げて風だけで展示を行いました。この風力センサーはイギリス製で、0.1秒単位でデジタル・データを出してくれます。方位も測定できるのですが、それに連動する音階を設定しているので、音楽になって聞こえるのです。
音楽を作ってくれた一ノ瀬 響という人のギャラリーでは、向こうにカーテンがある以外は何もない、というセッティングで展示しました。この映像はスローモーションではなく、リアルな時間軸です。布はガーゼを使っていて、ものすごく細かくできています。
僕らは、こういう”風”をテーマにした仕事をこれ以前にもいくつか手がけています。「風を待つ部屋」の前身がこの「リブリット」です。2005年に大阪・中之島の関西電力ビルを建て直すにあたり「電力会社でもあることだし、何かひと味違うライトアップをしたいが、どんな照明がいいか」と相談を受けました。それで、日没から夜中の23時まで毎日、その日の風を映し出して動く照明を企画・制作しました。遠くから見ると青白く、近くで見ると青いところと白いところがあって、それが動いているのがわかります。照明部分を取り出したCG映像をご覧にいれましょう。右上で数字と矢印が動いていますが、これは風の速度と向きの実測データです。風が吹き寄せたところから光の列が生まれて、その風の速度でそれがビルの両側に分かれて回り込み、反対側で消えていきます。普段は速い風や遅い風が揺らいでいるので、先に吹いた遅い風を、後から来た速い風が追い越していったりして、ふわふわっといくつも重なるのです。台風の日などは、ほとんど誰も見ていないと思いますが(笑)、風が一定の方向から吹くのでこんな感じ(サンプルデータ「とても強い風」)です。
竣工の暁には「関西電力の新しいビルの明かりは風を現しています」と新聞広告を打とう、と話していたのですが、ちょうど竣工の半年前に関電の美浜原発が事故を起こして、広報活動が一切できない状態になり、作ったからには灯らせるか、となったのですが、意味不明になってしまって悲しい感じがしました。今は意味不明なまま、大阪の人たちがいぶかしく見ているんです。「あれは何だ」と夜19時以降に電話がかかってくるそうなのですが、大代表の女性たちはもう帰った後なので、守衛のおじさんが電話を取って、「あれは風が・・・」と説明する、なんてことがあったそうです(笑)。このシステムを先ほどの「風を待つ部屋」に応用しています。
また、これをつくっている最中に、風が動いていく様子を視覚化してみたい、という思いが自分たちの中で強くなってきました。でも、ビルの工事などは6年がかりで、待ちきれなくなり、自分たちにできる範囲で作ってみたのがこの「風灯(ふうとう)/Wind-lit」です。これは京都のカフェefishの中での映像ですが、向こう側が鴨川、こちらが高瀬川で、風が抜けるセッティングにしてあります。六角形の受風部が風を受けると、上のロウがポッと灯っている のが見えますか? 風が吹くとこれが接点になって通電して、ふわーと光が灯るのです。試作品なので、プリンカップの中に電子回路を入れて、蝋を流し込んでモールド加工して、LEDの光を拡散させて。近くで見ると、色味とか、かなりプリンそのものなんです(笑)。上のほうの回路の影は、色なんかキャラメルそのものです(右写真)。
青山・IDEE CAFFEで展示をしたとき(2001年)は、1個ずつバラバラだった「風灯」を19個集めてみました。焚き火が終わった後の炭に風が入るとウワっと赤くなる感じをイメージして作ったものです。このときはボタン電池で電気を供給したのですが、その改良版を作りたくて、上の部分に太陽光発電パネルがついている「風灯: Solar」を2005年につくりました。昼間のうちに外に出しておくと太陽光で蓄電して、夜になると蓄電した分フワ、フワッとつきます。風が強いと夜中の12時くらいにはつかなくなります。その日溜まった分だけ放電して、あとはまた翌日。その時は500個くらい手作りで、蝋を湯煎して、その時はもうプリンカップは使わなかったのですが、350個くらいをネットで販売して、今売り切れになっています。150個くらいは自分たちの控えとしてとってあります。僕らはデザイン事務所なのですが、顧客から頼まれた仕事だけでなく、自分たちで企画して制作して販売する仕事も、両方ともやりたいと思っています。
プロジェクターでご紹介するものはこれで終わりにして、今日持ってきたものをご紹介します。僕らは、1分計・3分計・5分計といった単位時間でなく、”ある時間”をしめす砂時計のシリーズ「砂時計・In this time」を作っています。昨日まで原宿のKurkku(クルック)という店で展覧会をしていました。僕らはいわゆるギャラリーでの展示をあまりやらなくて、カフェのように人がゆっくり時間を過ごせる場所で、ついでに・・・と言ったら変ですが、展示をさせていただくのがすごく好きです。この黄色い砂が入っているのは、100人の子どもが生まれる時間の砂時計です。次は、すごく短いので凝視してください、全宇宙で100個の星が消えてなくなる時間の砂時計です。いきますよ。・・・・・・(笑)。次はちょっと長いですが、100kg分の塵が宇宙から降ってきて、地球に降り積もるまでの時間の砂時計です。作ってから気付いたのですが、この3つの砂時計は、枠の色も、サイズも、100という数字も、たまたま同じです。べつにねらったわけではなかったのですが、内容的に3兄弟なんです。
宇宙の塵は今この瞬間も地表に静かに降ってきているんです。1個あたりの塵の大きさは0.1μ、髪の毛の10分の1とかだから、ものすごく小さいんですが、それがこの砂時計の落ちる間に100kg分も全地表に降り積もるんです。僕は宇宙の塵が年間何万トンも地球に降っていると聞いた時すごいショックを受けたんです。そのショックが何なのか、最初よく分かりませんでしたが、いろいろ考えた末に改めて思ったのは、僕らが住んでいる地球と塵がやってくる宇宙とはつながっているということでした。隕石は質量が大きいから大気圏で燃えて流れ星になりますが、塵は質量が小さいから、加速しないので燃え上がることなく地表に届く。宇宙を飛んでいた塵は、地球の大気圏の粘性にとらわれると、 約1か月ほどかけてゆっくり落ちてくるんだそうです。塵にとっては、いま僕らがいるこの地球が「宇宙」なんだと、ちょっと考えさせられて「へぇー」と思って。そんな驚きとともに作ったものでした。考えてみると、宇宙の塵はどこかの星が爆発してできたもので、それが星雲を作り、そこで重力が生まれ、やがて星が生まれます。太陽の寿命は約113億年で、今60億歳くらいだから、あと半分くらいで太陽も最期を迎え、塵が生まれて、その塵が地表に降って来るわけです。宇宙の研究者がよく目を輝かせて「僕らは星でできている」という話をしますね。僕はそれを聞くのがすごく好きなんですが、宇宙の塵も僕らも、窒素だとか、いろいろ共通の元素でできています。僕らは星と同じ素材でできている。だからこの3兄弟は揃っているんだな、と思ったんです。つまり、僕らは星の長い一生の中の一瞬の姿としてあるんだ、と考えるとなかなか感動的で。こんなふうに、作品を作りながらいろいろ勉強して、感激しながらまた作っています。
ほかにもいろんな時間の砂時計がありますので、ご覧に入れます。僕らの体の中にある血液は、成人で4~4.5リットル、つまり牛乳パック4本分ちょっとくらいしか入っていないんです。「たったそれだけなの?」と思うと急にいとおしくなって。これは「体を血が一巡りする時間」というと語弊があるのですが、心臓が体全体の全ての血を送り出す時間の砂時計で、約1分です。この双子の砂時計は、向かって左側が太陽の光が地球に届く時間。もう一つが月の光が地球に届く時間。太陽までは光の速度でもけっこうかかりますが、月はあっという間です。
何のために、あるいは何を考えて、こういうものをつくっているかということは、ひとことでは言えないので、のちほどご質問の中でお話したいと思います。
■フリートーク
A:風を表現するというような斬新な企画を顧客にプレゼンするとき、イメージを伝えるのは難しいと思うし、完成してもその良さが理解されない場合があるのではないか。それを現実的なプロジェクトとして成立させるために何か工夫していることがあれば知りたい。
西村:そもそも売り込みではなくて、「何か、考えてもらえませんか」と向こうから相談を受け、それに応える形でプレゼンに行きました。最初のプレゼンの時、言葉によるプレゼンと、プロトタイプによるプレゼンをしました。
言葉によるプレゼンはこんな提案でした。「ビルのライトアップというものは自分たちのビルが美しいという”プレゼンテーション”だ。しかし、関西電力は一般企業とはいえ、地域の半ば公共的な存在なのだから、”プレゼンテーション”より”リフレクション(映し出す)”というテーマで、地域を映し出す明かり、とするのはどうか」と。そして、映し出すものの案をいろいろ出したうちのひとつが”風”だったんです。ほかにもいろいろ案を出しました。例えば、関西電力の持つ地域別電気使用量の情報を、カーステのグラフィックイコライザーみたいに映し出すような明かり。ほかにも、オーロラがカーテン状のものではなく、じつは大きな輪になって地球の南側と北側に同時に存在して24時間365日活動しているということはあまり知られていないので、インターネット経由で磁気センサーのデータを集めて解析し、擬似的なオーロラをリアルタイムに表現するのはどうか、とか。とにかく”リフレクション(映し出す)”で行こう、ということで盛り上がり、あとは環境共生型のビルということだったので、自ずと”風”がテーマになりました。
ちなみに、このとき出した案では「Touch the Light/タッチザライト」も実現しました。関西電力ビルの「リブリット」は40m×60mほどですが、その100分の1のひょうたん形の光源体「ミニ・リブリット」を、関西電力ビルから1.5km離れた梅田スカイビルの屋上に置きました。日没になると関西電力ビルの明かりが風を映して動くのが見えますが、スカイビルの「ミニ・リブリット」でも同じように光が動きます。この「ミニ・リブリット」に触れると、触れた部分が1.5km先の100倍大きい「リブリット」上に周りと違う色になって映し出され、リアルタイムで動くので、自分がまるで遠くまで伸びているような感覚になります(http://www.kepco.co.jp/liv-lit/jp/slide3/06.html)。「リブリット」が風を映すのに対し、これは、人を映し出す、というコンセプトの制作物です。
もうひとつのプレゼンは、即製プロトタイプの小さな模型。電池と小学校で使う豆電球、それと秋葉原とかで手に入る、熱線を使った安価な風速センサーで作ったものです。風の方向までは測れませんが、風が通ると熱が奪われ、熱線の抵抗値がちょっと変わって、ふわ、ふわ、ふわと光るものを作って持っていき、実演しました。向こう側にクライアントの偉い人たちがいて、こっちに僕がいて、「じゃあいきますよ、フーッ、フーッ」って(笑)。具体的なものがあると、みんな一気に楽しくなっちゃうんです。
B:具体的なもので心をつかんだということだが、映像として動く、実際にものが動くなど、何か動きのあるものが多いと感じた。
西村:この砂時計もそうですね。同時進行性を扱うものを作ってみたかったんです。今、この瞬間に、飛行機の上から夜の街の明かりを見下ろしている人がいたり、どこかの町に着いてタクシーで市内に向かっている人がいたり、ラジオを聞いたり、あるいはどこかの海辺には朝が訪れていて、後ろの松林では鳥が鳴き始めていたり、今この瞬間生まれている子どもがいたり。世界が同時進行で動いているわけですよね。僕らは自分の身の回りで見えるものや感じ取れるものの中で生きているけど、その外側にある広大な世界で同時進行しているいろんなものに想像力が広がる何かを作ってみたいと思っていたんです。とくに「風を待つ部屋」のシステムは、人間の持つ五感をちょっと拡張して、その場所に吹く空気の塊の動きを感じ取るような、かなり生物的な装置ですよね。
今日のテーマにある「ふたつの自然」というのは、写真家の星野道夫さんの言葉です。自然には「日常に触れる自然」と「心の中で想う自然」の2種類があります。彼が写真家になったきっかけはアラスカに行ったことなのですが、アラスカに行ったきっかけは、彼が高校生でバス通学している時、つり革に掴まりながら「今この瞬間、アラスカでは熊の親子が草原を歩いているんだなぁ」と思ったことなんだそうです。その瞬間、彼の中にすごい動揺があって、「アラスカに行こう」と思った、といろんなところに書いています。これが「心の中で想う自然」なのかな。
「日常に触れる自然」と「心の中で想う自然」、どちらもすごく大事です。人間は環境に対してすごく大きな影響力を持っていますが、それは僕らの自然観がそのまま現れたものだと思うんです。だから、僕らの制作物を手にすることで、その人の自然観がもっと広がるような経験ができるように・・・と言うとちょっと大げさだな(笑)、まあ、それを志向しながら作品を作っています。この砂時計も、宇宙で100個の星が消えていく”ライブ”なんです。宇宙ってすごく静的で、静寂、死の空間というイメージを抱きがちですが、爆発して最期を迎える星のことを全宇宙規模で考えると、サイダーを注いだコップの中で無数の泡が次々に弾けて鳴っている。あれと同じぐらいアクティブです。そういうところに焦点を当てて思いを伝えようとしています。
C:○秒とか、○mといった通常使う尺度は人間の感覚と合わない場合があると思うが、西村さんはそれとは異なる尺度(単位)を作り出して楽しむことを目指しているようにも思えた。もしそうなら、”風”以外にも、例えば”音”をテーマに、何か目的を設定して、西村さんの発想で○dBとは違う尺度(単位)を作る、といった仕事には興味があるか。
西村:何をどう感じ、驚き、発見するかは、その人自身の問題です。ですから僕は、新しい単位とか、dBに代わる音の評価基準とか、官能基準とかを作るようなことにはあまり興味がありません。ただ、そのひとつ手前、つまり、音を感じる、音に驚く、といった人間の反応に興味があって、それを作り出したいといつも思います。
D:風のカーテンの作品など、曖昧で目に見えない空間を表現されている。そういったことを考えるようになったきっかけは? いつ頃からそういうコンセプトで活動されているのか。そういったアイデアは、ずっと考え続けているのか、ふとしたときに思いつくのか。
西村:僕は鹿島建設に入って、最初にインテリアデザインをして、その後、都市計画をして、30歳で辞めました。今のような仕事を最初に形にしたのは33歳のとき、日本でインパク(インターネット博覧会)が開かれる4年前の「INTERNET 1996 WORLD EXPOSITION」でした。その頃はまだインターネットもダイヤルアップ接続時代で、ピーヒョロロ・・・みたいな音の後につながっていたし、ウェブで何をやればいいのかが分からない時代でした。その頃のウェブは基本的に挨拶かコレクション自慢のどちらかで、例えばさくら銀行(現・三井住友銀行)のホームページなら、社長の写真が大きく出ていて「ようこそさくら銀行のホームページへ」となっているような時代でした。それで、インターネットラジオなどをやっていたカール・マラムッドというアメリカのプロデューサーが、せっかくの仕組みだからもっと面白いことに使えないか、と思いついたのが「万博」でした。全世界から1か所に集まって開催する万博も、インターネット上なら各自の場所にいながらにして可能です。そこで互いに表現しあったり何か交換したりするような万博を、1年間通しで開けないかと、日本にも働きかけてきたんです。日本では、慶応大学の村井純さん、伊藤穰一などが集まり、NTTやパナソニック等いろんな企業に声をかけて、都市博の日本ゾーンみたいにいろんな企業が1年間にわたってWWW上でパビリオンを公開しました。そのとき、日本のインターネットのパイオニアの1人である村井淳さんが「企業パビリオンは基本的に宣伝ばかりでつまらないから」と働きかけ、みんなで供託金を出し合って、何の企業色もない実験的なパビリオンあるいは太陽の塔みたいなシンボルを1つ作ることになったのですが、みんなインターネットをよく分かっていないから、何を作ったらいいかもわからなかったんです。そのとき、前回のリビング・サイエンスカフェのゲストである上田壮一さん、文化人類学者の竹村真一さん、リビング・サイエンス・ラボ・メンバーの1人でもある渡辺保史さん、そして僕の4人で、自分たち自身が試みながらSensorium(センソリウム)というプロジェクトを作り、僕ら自身もよく分からなくて無謀だったんですが、インターネットでしか見られない企画をいろいろ作り始めました。
例えばこの「Breathing Earth」(1996年)というウェブページでは、地球の表面にボコボコ泡のようなものが出るアニメーションが見られます。アクセスした日から過去2週間分の地球上のすべての地震情報をおよそ毎秒2日間の速さで可視化したものです。下に表示されているのが日付、泡の大きさが地震のマグニチュードを示しています。このとき一番驚いたのは、全世界規模の地震計ネットワークのデータがインターネットで流れていて、しかも僕らみたいな何の権限もない人間でもアクセスできる、ということでした。つい10分前に世界の裏側で起こった地震のデータもバンバン流れていたんです。それまでは新聞やテレビで2次処理(編集)されたものを見るのが普通だったのに、いきなり生データに一番近いものにアクセスできる、そのラディカルさに驚きました。そのラディカルさがそのまま形になるような表現を、と思って作ったものです。
これもその頃見つけたものですが、NASAのウェブサイトの奥のほうに入ると、気象衛星ひまわりの最新データが1時間おきにストアされていて、誰でもアクセスできたんです。日本列島もオーストラリアも、昼と夜の境目も見えます。こういうデータが、世田谷のマンションからピーヒョロロ・・・と入った先にいきなりボーンとあるんですよね。
「NIGHT AND DAY」(1998年)も、その後Sensoriumで手がけたプロジェクトで、世界各地のウェブカムを経度方向一周分のサークルに並べ、いま地球に落ちている太陽の影や日向、夜や昼を見る、というものです。最初は深緑色の無地ですが、やがて小さな画像が少しずつ現れて円周を埋めていき、24個の画像が全て表示されると、カッチン・・・カッチン・・・と更新されていきます。全てライブ映像なので、昼と夜が移り変わる様子が見られ、地球が自転していることを実感できます。公開当初このプロジェクトに参加してくれたウェブカメラはまだ世界で7個くらいしかなかったんです。ところが、その約2年後に「どうなったかな」と調べたら、優に4,000個は超えていて、数え切れなかったんです。それでまたびっくりして、興奮して。そのカメラ1個1個の目的は「うちのラマを見せたい」「うちのホテルからの夕焼けを見せたい」、あるいは、交通局が道路を監視しているとか、混雑情報を見ているとか、火山の研究者が火山をずっと見ているとか、すごくバラバラですが、それを集めて見ると1つの大きなビジョン、目を作ることができるんです。
こんなものを作っていたのが僕の30代中盤でした。こういった一連の仕事が、1997年のアルス・エレクトロニカ サイバーアーツ・フェスティバル(デジタルアート界で権威のある芸術祭)でネット部門のグランプリをとったんです。それで箔がついて自分の実績になり、いろんな仕事が試せるようになりました。この頃から「いまこの瞬間」とか「いま生きている世界」とか、そういったものをテーマにして作り始めていました。
アイデアは、飛行機や電車の中など、移動中に思いつくことが多いんですが、それをスケッチブックに書いておいて、3年も温めることもあれば、2か月後につくる時もあります。宿題がどんどん溜まっていて、提出しきれない昨今です。
E:西村さんの作品は「自分をその場所にくっつけるもの」と「自分を宇宙規模の大きな世界とつなげるもの」という、スケールの違うものを同時に表現している印象を持った。
西村さんの世界・景色のとらえ方はひと味違うと思う。身体感覚の届くスケールと、届かない大スケールの両方を、どういうときに考えるのか。
西村:「ここに貼り付ける」「大きな世界とつなげる」というのは嬉しいコメントでした。
どうやってこういうものを思いつくのか、という質問はときどき受けますが、自分でもわからなくて答えに困るんです。でも明らかなことが2つくらいありそうです。1つは、自分がわけもなく好きなものを、わけの分からないままずっと好きでいることです。例えば、僕は日向ぼっこが大好きです。あの充実感がなぜかしみじみと好きで、それに関しては誰よりもよく知っている自信があります。また、洋服とかタオルについているタグ。僕、けっこう好きなんです。興味のない人には全然ピンとこない話かもしれませんが、「いいタグだなあ」とか「いまひとつだなあ」とか思うんです。タグに対する感受性があるというんですかね。こういう感受性をいろいろ持っていると、何かを作るときの大きな手がかり、助けになるんです。ものを作る仕事やデザインの仕事をしている人たちはすべからくそうです。そこに「この場所に何かふさわしいものを」といった要望のベクトルがかかると、自分の中にあるいろんな感受性が集まってアイデアになっていきます。
もう1つは、自分の感覚を大事にすることです。これは働き方研究の仕事をする中でも強く感じました。今の世の中は、何が流行っているか、社会では何が問題か、といった情報の量が多すぎて、自分自身に目を向ける時間がそんなに取れないと思います。外から与えられた情報に付き合う「他人づきあい」も大事だけど、自分の仕事をするためには、わけもなく惹かれることとか、これは人に任せたくないんだ、という自分の感覚に触れること、「自分づきあい」が、誰しも必要だと思います。じつは僕、ここ20年くらい普段はテレビを観ていません。たまに友達と中華料理屋なんかに行ってテレビがついていると、面白くて食い入るように観ちゃいますがね。テレビを観ないのは「自分づきあい」の時間を作ることにも貢献していると思います。だからすごく重要な世界の情報は1週間遅れくらいで、吊り広告などから入ってくることが多いですね。テレビを見ない方針にしているというより、阪神大震災のとき、民放の映像で被災地の映像にBGMをつけられているのを観て一気に観る気がなくなり、それ以来観られなくなったんですけど。
F:西村さんの作るツールは、自分に見えないものと自分とのコミュニケーションや、そのツールを使って大勢の人とのコミュニケーションを可能にすることが印象に残った。最初に作った砂時計はどういうものだったか。どういう時にそれを思いついたのか。
西村:今、あるウェブページを開いてしばらく放っておきながらお話ししましょう。砂時計シリーズのきっかけは、Sensoriumプロジェクトまでさかのぼります。オーストリアには9つくらいの州があって、各州が2年ごとに持ち回りで地方博の文化版のようなものを開催しています。ミレニアムの2000年は、アルプスのふもと、リンツがある北部の県が担当でした。リンツの郊外にあるウェルズという小さな町は中世の城壁都市ですが、その古い僧院を会場に”時間”をテーマにした半年間の展覧会を開くことになりました。Sensoriumチームがその企画の相談を受けて、入り口で最初にお客さんを出迎える仕掛け「WHILE YOU WERE…」を作りました。
まず、チケットを買って中に入ると、現在時刻、2000年4月29日17時20分50秒コンマ、タカタカ・・・、というのが正面で動いています(右写真)。そして、この展覧会が始まった4月27日の朝9時からその瞬間までに、例えばアルプス山脈が何ミリ隆起したか、何人の国籍を持たない子どもが生まれたか、宇宙の塵が何トン地表に降り積もったか、といったことがリアルタイムで表示されて、その表示内容がときどき変わっていきます。他にも「いくつの言語が世界から消えたか」とか。最後の言葉を話すおじいちゃんが亡くなる、といった形で、半年に30くらいの言語がなくなって、モノラル・ランゲージ化しているんですね。それから「地球が宇宙空間を何km飛んでいるか」。今この瞬間も、僕らは会場ごと宇宙を秒速29.7kmくらいで飛んでいますからね。
次に、チェックインカウンターで赤いボタンを押すと、その時刻が記録されたQRコードがラベルシール(右図)に印字されて出てきます。フライヤーをくり抜いて、真ん中にそのラベルシールを貼ると、腕時計みたいなものができて(右写真)、それを着けて会場に入っていきます。僕らは展覧会の中身にはあまりタッチしていませんが、内容は、昔の暦・時間の計り方・砂時計・永遠・死、といった非常にヨーロッパ的、哲学的な”時間” の歴史に関するものでした。展示を見た後、お客さんが出入り口に戻ってくると、チェックアウト・ステーションが待ち構えていて、スーパーのレジのバーコードリーダーみたいなものに先ほどのラベルシールをピッと通します。すると、その人がこの展覧会場にいた間に、世界では何が起こったか、12種類くらいの出来事に関して書かれたイラスト付きのレシートが出てくるんです(右写真)。いくつの対人地雷が除去されて、いくつの飛行機が空に飛び立って、いくつの星が消え去って、どれくらい空気を吸ったと思われるとか、地球はどれくらい周ったとか、いくつの冷蔵庫が生産されたとか。冷蔵庫、子どもより多く作られているんですよ。”時間”の展覧会に行って素敵なお土産を持ち帰るという体験をしてもらいたかったんです。これが僕らの砂時計シリーズの起点です。
ここで、先ほどから開いているウェブページを見てみましょう。これはライブカウンターになっていて、さっきこのページを開いた瞬間から、112機の飛行機が空に飛び立ち、対人地雷が1つ撤去され、ヨーロッパは北東に0.0004mm動き、世界の人口は1,130人増えて、3万7千個の星が生涯を終えて、930個の冷蔵庫が生産されて・・・大変です!みなさん。冷蔵庫が930個も生産されてます。これを上田壮一くんと一緒に作ったんです。上田壮一さんはその後『1秒の世界』という本を、僕は砂 時計をつくりました。でもこの「While you were..」が、それぞれのプレワークなんです。
最初の砂時計は、1つの枠にいろんな砂時計をはめ込んで同時にひっくり返すものを作ってみたんですが、やってみると案外つまらなくて(笑)。砂時計の場合は、1個1個のテーマに関してしみじみと想像するほうがいい、と考え直しました。それが37歳くらいのときですね。
上田:自分と地球がつながっていること、人と人とがつながっていることを、別の視点から見せられたようなひとときだった気がします。本当にありがとうございました。
【まとめ:西山庭子(リビングサイエンスラボ)+池上紅実(サイエンスライター)】

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