ものづくりの発想~学研のふろく開発ウラ話~

投稿者: | 2008年7月2日

写図表あり
csij-journal 018 yumoto.pdf
リビング・サイエンス カフェ報告vol.04
2008年1月23日(水)18:30~20:00 於・スワンカフェ&ベーカリー赤坂店
ものづくりの発想~学研のふろく開発ウラ話~
講師:湯本博文 氏(学研科学創造研究所 所長)
ファシリテーター:上田昌文(NPO法人市民科学研究室 代表、リビングサイエンス・ラボ)
■ファシリテーターあいさつ
今日は非常にワクワクさせられるお話です。学研の『○年の科学』や『大人の科学』を、小さい頃、あるいは今、購読している方もいらっしゃるでしょう。湯本さんは幼い頃に「○年の科学」に魅せられ、実際に学研に入社して、ふろく開発に携わっている方です。私に言わせれば「こんなに幸せな人がいるんだろうか」と思うほどの人生を歩んでいる方です。今日は実験をまじえながら、ヒット作の発想が一体どこからくるのかを探ってみたいと思います。
■講師:湯本博文さん
“ふろく”に魅せられて・・・
この中に『○年の科学』や『○年の学習』(以下、『科学』『学習』)をとっていた人ってどのくらいいらっしゃいますか?……[参加者中、半数強の方が手を挙げた] ありがとうございます。私は6年生の時に『6年の科学』という雑誌にめぐり合いました。やっぱり『○年の科学』といえば、ふろくがほしくて買うわけです。毎月、楽しみで、楽しみで。本も読んでいたと思うんですけれど、記憶に残っているのは、ほとんど教材、つまり”ふろく”の記憶です。当時はあまり裕福な時代ではなかったですから、両方買う子はほとんどいなくて、だいたい男の子が『科学』派、女の子が『学習』派という時代でした。
私は最近までずっと、学研の中の変り種として歩んできました。ものづくりをしたくて出版社に入る人はなかなかいませんでしたから、その先駆けが私かな、と思っています。私の本作りと”ふろく”作りは『科学』に始まりました。”ふろく”が作りたくて入社した私でしたが、入ってすぐやらせてもらえたわけではありません。『科学』を作るうえで、さまざまなことを学びました。記者としていろんな人に会ったり、いろいろな実験をしたり、動物のページを担当したりと、広く浅くやる中で学んで体験したことをベースにしないと、いいものはつくれません。’77年に入社したのですが、’90年になんとか学年の編集長になり、こういう”ふろく”作りをさせてもらえるようになりました。
『科学』の”ふろく”は今も作っていますが、私も歳をとり、かつて『科学』の読者だった大人たちから「大人もワクワクできるようなものを作って下さいな」というラブコールが来て、『大人の科学』を作りました。ほかにも『科学のタマゴ』など、多様な商品を開発してきたので、最近は「ぜひそれが作りたい」という人も増え、私が入社試験の応募書類を見て判断する数も年々増えてきました。学研にも本以外でものづくりをしたい人が徐々に増えてきました。そうは言っても小さい会社なので、毎年それほど多くの人を採用するわけではなく、ものづくりをしたい人は僅かな数しか入ってきませんが。
社運をかけた”科学”の変遷
学研の正式名称は、あまり知られていないと思いますが「(株)学習研究社」といいます。学研を創業した古岡秀人という人は、戦前、小学校の先生でした。戦後、昭和21年に学研という会社がつくられたのですが、そのきっかけとなったのが、『学習』です。当時の教科書は「墨塗り教科書」といい、進駐軍の検閲が入って、軍事関係の内容については「こういう教育をしてはいけない」と、墨塗りにされました。そこで古岡秀人が「これから日本を復興させなければいけないときに、こういう教科書を使っていてはろくな教育ができない。私が副読本を作ってやろう」と立ち上がり、『学習』という本を作ったんです。これは創刊当時、昭和21年4月のものです。編集者のいろんな思いが入っていると思うのですが、いま見ると「5年生がこんな勉強をしたのか」と思うくらい難しい本です。昔の小学生は優秀だったのかもしれませんが、かなり高度な本になっています。
その後、「戦後の復興に理科教育・科学教育は欠かせない」と、
昭和28年に理科教育振興法が施行され、科学振興の風が吹きま
した。弊社もその風に乗って『小学生のたのしい科学』、『科学の
教室』等の本を作りました。ただ、どちらも商業的には失敗でし
た。そのとき、中川浩という総括編集長が「科学や理科を子どもた
ちに学ばせるのに本だけでいいのか。やっぱり実験だろう。そのた
めには実験キットが必要だ。”ふろく”をつけよう」と言ったんで
す。彼はちゃんとした理科教育、科学教育を目指した高い理念の下
に言ったのですが、当時の編集者は大反対。自分たちは、本を作る
ために学研に入ったんだ。オモチャをつくるために学研に入ったの
ではない。だいたい、そのノウハウがどこにあるんだ」と、みんな
反対したそうです。孤軍奮闘の末、”ふろく”がつく『科学』が1963年に創刊となりました。出版社ですから、ものづくりのノウハウを持っている人がいなくて、”ふろく”は手探り状態で開発されてきたんです。(詳しくは「学研の科学」50年史を参照)
時代を映す”ふろく”
科学技術の発達に伴って”ふろく”も発達してきました(年表「学研の科学への取り組みと時代の変化」)。
創刊当時は、素材もまだプラスチックより木や金属が多かったですね。今じゃ「プラスチック製」というと安っぽく感じますが、当時は新素材、憧れの的です。子どもなら、プラモデルとかね。初年度はなかなか出せなかったようですが、徐々に金型を起こしてプラスチック製のものもつけられるようになりました。カップヌードルの容器と同じ素材のコップが世の中に出てきたときは、熱いお湯を入れて持っても熱くないし、冷めにくい「魔法の器」と呼ばれていた時代ですから、プラスチック製のふろくは宝物でした。1980年代になると形状記憶合金を取り入れて、モーターもゼンマイもないのに温度差で動く摩訶不思議なボートとかをつけたりしました。
ラジオは私の子ども時代もその後もすごく人気のある”ふろく”だったんですが、私が一番記憶に残っているのも「ゲルマニウムラジオ」。なぜかというと、電池を使わなくていいところに感動したんです。自分で組み立てたら、受信した電波のエネルギーで発電するので、ずっと聞いていても電気がなくならないんですよね。ラジオの”ふろく”は、ゲルマニウムに始まり、時代が変わってトランジスタが世に出回るようになると、その数年後にはトランジスタラジオが、ICが出回るようになるとその数年後にはICラジオがつけられました。
キットの組み立て工程も子どもたちの実状に合わせて変えてきました。時代とともに子どもたちは普段の生活の経験が不足して、細かい作業ができなくなってきました。それで、セット済みのものをどんどん作るようになったのです。教育上の観点からは良くなかったのでしょうが、まずはキットを使って実験をしてくれなければ、われわれの考えたカリキュラムも達成できないものですから……。例えば電磁石を使うものなら、1970年代前半までは「コイルを巻く」という作業があったんですが、徐々にクレームや問合せの数が増えてきて、「あ、今の子はこれが巻けないんだな、巻く前にこんがらがっちゃったりいろいろしちゃうんだな」と、巻いたものをセットしたりしました。このように、子どもの生活、環境の変化、科学技術の変化といった世の中の流れが”ふろく”にも反映されているのです。
日本の高度経済成長を支えたメディア
1979年が最高部数の時代です。この時代に読者だった方が、この会場にもいらっしゃるかもしれませんね。『科学』と『学習』を合わせて620万部。当時『学習』の方がちょっと多かったので、おそらく『科学』が300万部、もちろん月間の部数です。今では考えられない数ですね。子どもの数も多い時代でしたが、この620万部という部数を「小学生の3人に2人が読んでいる」なんて、少しオーバーに言っていました。
レーガン政権の頃「どうして日本は戦後こんなに急成長の復興を遂げたのか、経済成長が著しいのには何かあるはずだ」と米国の調査が入ったんです。その結果報告が2つあって、1つは「NHKの教育テレビによる理科教育が充実していて、学校現場でも使われていること」。もう1つが「学年別に1民間企業が科学雑誌を出していて、しかも実験キットがついている。部数もすごい」ということ。つまり「理科とか科学に関して子どもたちに非常にいい影響を与えているのが、NHKの教育テレビと『○年の科学』という雑誌だ」という驚きの報告だったみたいですね。
製品化までの道のり
『科学』の”ふろく”は、素案・アイデアレベルから始まって、商品化まで普通は1年かけて作ります。生物モノはいろいろ実験しなくてはいけないので、2~3年かかるものもあります。製品化までには、アイデア、原価、安全性という3つの壁を乗り越えなければならないのです。
まずアイデアの壁。モノづくりで大事なのはアイデアです。オモチャではないので、何年生がどんな勉強をするか、その勉強にはどんなものがいいのか、指導要領というものを理解しておかなければなりません。1つのものを作るのには、いろんなアイデアが必要です。ですから、日頃から自分でアンテナを張り巡らせて、漫画家・カメラマン・工作の先生・大学教授など、いろんな分野でモノづくりが好きな外部の協力スタッフを探しておいたりもします。
例えば1年生なら「ゴムで動くおもちゃ」というテーマがあります。ゴムで動くオモチャって、先輩たちもいろいろ考えてやってきているので、それを超えるものはなかなかできないのですが、それでもいろんな角度から挑戦します。まず自分でノートにたくさんのアイデアを描き出してから、外部スタッフに「ちょっとゴムで考えてくれないかな、俺はこんなことを考えたんだけど、どうかな」と投げかけ、返してもらったものを自分の中でさらに消化して、その中からいくつかを試作します。今日ここに並んでいるものは、もうちょっと進んだ段階のものですが、はじめに試作するのは、あまり他人に見せられないような、手作りのワーキングモデルです。
貪欲にアイデアを盛り込んだ作品たち
会議の時には、簡単な書類も作りますが、現物がないとだめなんです。とくに動きのある作品は、どういう動きをするのか見せなければなりません。例えばこれは「ゴムで動くおもちゃ」というテーマで商品化されたものです。「ゴムで動くおもちゃ」には、牛乳パックで作ってパッチンと飛ぶものや、飛行機なんかもありますが、もっとワクワクするものを作りたかったんです。ゴムを巻く作業ってかったるいと思うんですが、巻かなきゃしょうがないですよね。それで、どうすれば子どもが楽しんで巻けるかな、と考えたのが「ゴム電池」。巻く作業自体は同じですが、乾電池そっくりのデザインにして「君がパワーを充電するんだよ」と、ゴムパワーを充電する楽しみを演出しています。この「ゴム電池」を使って動くものが3種類入っていますが、じつは欲張りまして、陸海空すべて制覇。水陸両用車で水の上も走るし、ヘリコプターにもなります [会場:おお……]。 おまけにコマとして回して遊ぶこともできます。
アイデアをいろいろ盛り込みすぎてしまった商品もあります。これは私の第1号作品で、ゴム電池よりも前の「入学お祝い号」で売ったものです。”ふろく”が作りたくて学研に入った私でしたが、いざ編集長になって「お前の判断でやっていいよ」と言われたときには、いろんなアイデアが出てきて「あれもつけたい、これもつけたい」と悩んでしまいました。それで「自分が子どものときに一番感動したことは何かな」と考えてみたら、先ほどお話ししたゲルマニウムラジオでした。ただ、当時は『1年生の科学』担当で、さすがに難しすぎたので、その次に感動したものを考えると、幻灯機(スライド映写機)でした。当時は、いろんなアイデアが浮かぶと、欲張りな性格なのか、みんな入れたくなって、多機能にしすぎてしまって・・・。まず、基本の映画フィルム。それと、自分の体をスクリーン代わりにして、そこに内臓や骨を投影して体の中を想像できる、というフィルムもつけました。自分の体を図鑑にして「内蔵を守っているのが骨だよ」というように学んでもらおうと思いまして。距離を離せば影の大きさが変わるので、大人でも子どもでもピタッとサイズが合います。本当は他にもまだまだいろんなフィルムや映画をつけたかったのですが、原価の制約で3本しかつけられなかったので、その代わりに、フィルムのような透過原稿だけでなく、写真のような反射原稿も投影できる部品をつけて、自分の好きな写真や雑誌に載っているイラストなども投影できるようにしました。さらに、平べったいものだけでは飽き足らず、立体の反射原稿、要するに生きた昆虫などを入れられる部品もつけて、元気に動き回る昆虫を投影して観察できるようにしました。そうやっていろんな思いをぶつけました。
アイデアを盛り込みすぎた例をもう1つ。これは、本体に、凸レンズ(2枚)、凹レンズ(2枚)、鏡(2枚)、回転式観察ケースがセットされている多機能観察キットです。まず、変形ロボットのように凸レンズと凹レンズをそれぞれ広げるとこの通り。双眼鏡として遠くの鳥や花などが観察できます。今度は、凸レンズをさらに折り曲げると、ルーペに。さらにもう片方のレンズを折り曲げると、レンズが2枚重なって高倍率のルーペに早変わり。今度は、レンズを双眼鏡の状態に戻して、鏡を45度の角度にセットします。本体を90度回転させて上下に並んだレンズをのぞくと裏表顕微鏡に。
回転式の観察ケースにカナブンやテントウムシを入れると、裏表から同時に観察できる便利なキットになるのです。これは1年生向けだったので(笑)ちょっと使いこなせなかったかな、という気もします。1年生というと、まだ拾い読みのころですからね。しかも4月号です。3月売りですから、まだ幼稚園です(笑)。これだけの機能があるということは、これだけの取扱い説明書があるんですね。1年生の前半は、基本的には親御さんと一緒に見てもらえるという前提で作ってはいるのですが、説明を読んで意味を理解して、というのは相当大変だったと思います。別にクレームがあったわけでもないですし、失敗作とは言いたくないのですが、今はつけていません。使いこなした子もいるのかもしれません。 [会場:「そのふろくは高級な感じがするんですが、本の売上のうちだいたい何%ですか?」] 具体的に何%とは申し上げられないですが、原価的には教材が本よりも高い(笑)。[会場:「本は今どのくらいですか?」] 今は1260円です。
原価の壁を乗り越えた「月球儀」
原価の壁をなんとかクリアした例として今日お持ちしたのは月球儀です。私の子どもが5年生で月の満ち欠けについて勉強していたときに、分かりづらくて苦労していたので、もっと楽しみながら月の満ち欠けを勉強できるものが作れないかなと思っていました。ちょうどその数ヵ月後に「月」の単元の原案会議がありましたので、自分と息子とのやりとりが基になったものを提案することができました。現行の指導要領では月の満ち欠けは4年生でやるのですが、時間数も少なくなってしまい、満月と三日月と半月を覚えればいいということになってしまったのです。新月は覚えなくてよい、というような……(今度、指導要領の大改定があるので、もうちょっと時間をかけて勉強するようになるみたいですが)。でも、当時の小学生は、ちゃんと地球と月と太陽の位置関係で満ち欠けがどうなるかを勉強したんです。太陽の周りを地球が回っていて、地球その周りを月が回っていて……という、よく理科室にあるような教材をつけられたら一番いいのですが、原価の壁にぶち当たってしまいました。5年生というと生意気になってくるというか、センスもある程度出てくるので、「こんなもの部屋に飾れるかよ」なんて思われないように、ハイセンスなものにしたかったということもあり、苦心しました。
それで考えたのが”スタンド月球儀”。今日持ってきたものは、もうボロボロになっていますが、会議のプレゼン用に作った試作品で、月面も私が鉛筆で手描きしたものです。月の満ち欠けを勉強するためには外側に太陽(光源)をつけようと思うのが普通ですが、逆転の発想で、月球儀の中に光源を入れました。
月球儀の中には仕切り板が入っていて、月の半分は陰になるようになっています。月球儀は、このように黒い台の上にのるようになっていますが、実はこの台が宇宙なのです。月球儀と台を分離させて、台の中を覗くと宇宙の様子、つまり、みなさんご存じの地球と月と太陽の位置関係が俯瞰できるのです。覗いたまま台を回すと、月が地球の周りを動き始めるので、三日月や半月ができるときの位置関係の様子がわかります。原案会議では、神の目線と表現したのですが、地球の日なたと日陰の状態、つまり昼の地帯と夜の地帯がよくわかります。当然、月の日なたと日陰もよく観察できます。つまり、この位置関係の時に、半月という月になるのか。では、地球に戻って、どんな月に見えるのか観てみよう。ということで、台と月球儀を合体させると、スイッチオン。豆電球がつき、磁石の働きで中のしきり板が自動的に動いて、半月の日なたと日陰の状態になるのです。机の上に置いて観ると、半月のかたちに光り輝くスタンドになるというわけです。
これを企画書とともに、部長とか先輩編集長がいる中で提案しました。その時も笑われました。当時500円くらいの本だったんですが、「お前、何を考えているんだ。こんなものがつくわけないだろう。つけられたとしても、月球儀が10月号、宇宙が覗ける台が11月号。それが精一杯だ」と(笑)。それは、まあ、そうだったんですが、悔しくて。普通は会議で落ちると諦めるのですが、じつはそれがいくつか出した案の中の本命で、なんとか世に出したくて、それからまた頭を痛めて……。提案した月球儀は鉛筆でクレーターなどを描きましたが、凹凸のある本当の月面みたいにしたかったんですね。それも非常にお金がかかるもので、諦めました。じゃあ小さくすれば安くなるだろうと考えたわけです。宇宙も少し小さめになっていますが、初案と同じ仕組みで中には小さい仕切り板が入っています。しかも月面にはちゃんと凹凸があるんです。これを組み立てる
と、中で小さい仕切り板が動いて、小さい凹凸で
微妙な陰影ができて、外側の白い球に投影すれば、
リアルな月に見えるだろうと考えたのです。これは
安いぞと思ったんですが、こちらの方が高かった(笑)。
それで、昔の財産活用も考えようと、1968年に出した「月球儀」という”ふろく”を引っ張り出してきました。月の裏側が初めて撮影された後だったので、それを使ったものです。余談ですが、月の裏側というのは、昔は宇宙人の基地だと言われていたんですね。行ってみたら何もなかったんですけど。それで、その月の裏側の写真を元に作ったふろくが残っていたので、それを転写して金型を作り、お金を浮かせようということになったんです。この中に月の形の陰影を作る仕切り板をつけて、宇宙は欲張らないことにしました。できれば、覗く方式の方が本当に宇宙に行った感じになるのでいいなと思っていたのですが、そこは泣く泣く諦めました。実際にふろくに付いたのが、このモデルです。これでやっと原価に収まったんです。これは非常に真面目な作品でしょう? 年間の人気アンケートでも2位になりました。
厚くなった安全性の壁
私が『科学』を定期購読し始めたのは6年生のとき、創刊3年目ですから、まだ安全審査も安全性への配慮の視点もない頃で、今から考えると恐ろしいもの、例えばアルコールランプなんかもついていました。私はとても嬉しかったんですが……。扱い方を間違えなければ問題ないはずなんですが……。いま小学校でもときどき、アルコールランプが爆発した、なんて事故がありますからね。当時の部数が1学年で20万部近く、アルコールランプがついていたのは6年生だけでしたが、2年連続でつけたので、全国に40数万個近くがばら撒かれたわけです。ほかにも小学校の理科の実験で扱うものの中には火を使うものがいろいろあります。昔はそれを多少小さくしてつけていたんですね。試験管もありましたし、炭を作るキットもありました。でも今は、火を使うものはつけません。
太陽光でお湯を沸かしたりする教材も昔はつけていたのですが、私が担当したとき「燃えやすいものが近くにあったら絶対に危ない」と思い、安全に安全を考えて、焦点のところに燃えやすいものが絶対に入らないように、透明な保護カバーをつけたことがありました。ところがあるとき、「ボヤがあった」と消防署から連絡が入ったので飛んでいきました。子どもが使い終わって飽きて散らかしたものをお母さんがベランダの段ボールの中に片付けておいたら、その保護カバーが取れて、たまたまそこに燃えやすいものがあったのではないか、と。「おたくのものが犯人だとは断定できないが、かなり怪しい。以後、こういうものを作るときは、消防署に1度相談してくれ」と言われたので、もうそれ以来”ふろく”につけていないのです。ですから、安全性にはとくに気を遣っています。こうして年々学んでいって、安全なもの、子どもたちに喜ばれるものを開発しています。
百聞は”実験”にしかず
我が編集部には、モノづくりをする上での合い言葉というか、ある意味では、編集理念をも表している「百聞は実験にしかず」という言葉があります。もちろん、本を読んだり、人に話を聞いたり、取材したりもしますが、そのまま他人の物まねをせず、自分の手を動かして考えるんです。私が工作ページを担当したとき、本を読んで得た知識をもとにページを構成すると、「お前のアイデアはどこに入っているんだ」と、すごく叱られました。それで悔しくて、ハサミと紙を使っていろいろ作って、その中から新しい工作を生み出したりしました。自分のアイデアは絵に描いた餅で終わっては意味がないので、身近なもので作ってみるのです。時間もものすごくかかりましたが、そうした試行錯誤な時間を過ごすことが、後からこういうものを開発する際に、ある意味役立ったなという気はしますね。他人がやっていないことをやろう、と。
最近、小学校へ実験講義をしに行く機会が増えていて、昨日も行ってきました。参加人数が多いと、お客さんとして見せる場面がどうしても多くなってしまうのですが、必ず1つか2つは五感をフルに使って自分で体験できる実験をメニューの中に入れるようにしています。理科離れ・科学離れと言われて久しいですが、私は感覚的には「理科の嫌いな子どもがいる」なんて信じられませんでした。でも、実際に行ってみると、たしかに私が思っていた以上に理科離れが進んでいるんです。OECDの調査結果でも、日本の子どもの科学力が昔はトップクラスだったのが落ちてきていますが、それはもう小学校のときに理科嫌いの予備軍を作ってしまっているからだと思います。ただ、嬉しいことに、行くと後で必ず感想文を送ってくれて、「理科ってこんなに面白いと思わなかった」と、だいたい理科好きになってくれるんです。中でもやっぱり自分でやった実験が印象に残るみたいです。要するに経験できていないだけなんですね。私ひとりで全国の小学校は回れませんが、1人でも多くの人にという信念で「百聞は実験にしかず」を実践しています。
ゴム風船で不思議発見!
話だけではなかなか分からないと思いますので「百聞は実験にしかず」! 今から実験をやりましょうか。まずは、子どもたちが空気の断熱膨張を勉強するときによく体感してもらう実験です。「空気は圧縮すると熱くなり、元に戻すと冷える」という性質を持っています。例えば、自転車の空気を入れるとホースが熱くなったりします。私、ガンガン空気を入れてプラスチックの空気入れを溶かしたことがあるくらいです(笑)。細いパイプの中に燃えやすいものを入れてピストンでガッと空気を圧縮すると火がついたりもします。
いま、お手元にゴム風船をお配りしています。原理は違うのですが、ゴムでも空気の断熱膨張や断熱圧縮と同じような現象が起きます。一緒にやってみましょう。風船の細い部分をつまんで、できるだけ伸ばします。しばらく伸ばしたままにして時間をおいて、それから鼻の下につけて、一気に縮めてください。冷たくなりませんか? そして今度は、伸ばさない状態で鼻の下にくっつけて、一気に伸ばす。熱くなるでしょう? 伸ばすと熱くなり、元に戻すと冷たくなる。これだけでは何に使えるというわけでもないのですが、これをヒントに「暖めると縮み、冷ますと伸びる」というゴムの性質を見つけて、ゴムモーターを作った人がいます。自転車の車輪にはスポークがありますが、あのスポークの代わりにゴムを張り、車輪の中心を軸で支えます。そして車輪の半分を暖めて、もう半分を外気温で冷やすとグルグル回り始めるのです。
今、私たちが便利な暮らしができるのは、誰かが小さな発見をし、誰かがそのアイデアを取り込んで「何かに使えるんじゃないか」と工夫を加え、応用してきたからです。最初に発見したときって、けっこうワクワクするじゃないですか。面白いなと思ったら、次は「何かに使えないかな」と考えるんです。私も開発するときに、手を使って何かをやっていると小さな発見があります。それを工夫して商品化していくのが私の仕事です。
割り箸が磁石になる!?
もう1つ実験をやりましょうか。今度は子どもになりきって真剣に私の言うとおりにやってください。お手元の割り箸2組を右手と左手で1組ずつ持ち、端と端を十字に合わせて、ありったけの力をここに注ぎ込んで押し付けると、これが磁石になります。真面目にやらないとなりません。では一緒にやりましょう。疲れますが、がんばりましょう。自分の持っている全パワーを出すので、押しやすい持ち方にしてください。30秒数えます。1、2、3、……30! では、そうっと離してみてください。磁石になりました?(会場:面白い!(笑)) 当然、磁石になったわけではないのですが、磁石になったように感じますよね。真剣にやらなかった人は磁石にならなかったと思います(笑)。
同じようなことは、子どものときやった綱引きでもありませんでしたか? グッと握って真剣にがんばって勝負がついた後、「綱を離してください」と言われたときに離れなかった経験がありませんか? どちらも、脳が「ぐっと握って引っ張れ」とか「ぐっと握って押していろ」という命令をずっと出して興奮してしまうんです。それで「そうっと離してください」と言われて冷静に離そうとしても、その命令がずっと出され続けてしまい、体がいうことをきかなくなってしまうときがあるんです。この実験は、人間の体でもけっこう分かっていない部分がある、という例です。まさに「百聞は実験にしかず」。知識としては知っている大人でも、実際にやってみるとけっこう驚きがあるものだと思います。
見るまえに飛ばせ!
この手回し発電ヘリコプターの試作品も、まさに”参加型”実験です。自力で発電できる発電機を”ふろく”につけて、とにかく何かを実験してもらいたかったわけです。発電機の先に何をつけるか、車にするのか、亀にするのか・・・。「いや、やっぱりインパクトがあるものがいいだろう」と空中に浮くものにしようと考えました。初めはメンバーから「そんなことができるわけない」と言われたのですが、「でも、できたら面白いんじゃない?」という話になりました。
頭の中で考えていると非常に難しいのですが、身近にあるもの、お刺身のトレーなんかを使って、とにかく作ってみました・・・あまり格好よくはないですが。発電機との間はワイヤーでつながれていて、バランスが崩れやすくて。一見すると、子どもが発電機を使ってこれを自分で飛ばすなんてありえない!と思えるわけです。だけど、できちゃったんです。ちょっと実験してみます。……[会場:おおー] これが「手回し発電ヘリ X(クロス)コプター」になりました。欠点は、操縦ができないんです(笑)。もう少し広い所に出ると、動き回って散歩したりもできます。ただ、思い通りにはいかないので、行ったところに後からついていくしかありません(笑)。でも、エコといいますか、地球に悪いものは出さずに自分で発電します。発電機を回す人の息から多少二酸化炭素は出ていますが(笑)。
長年追い求めたエジソン式蓄音機
1300を超える発明をしたと言われているエジソンですが、一番感動したのは蓄音機だそうです。頭の中では「こうすれば音が記録できて、こうすれば再生できるだろう」と分かっていたものの、実際に音が出てくるとびっくりしたんだそうです。じつは私は、エジソンの式蓄音機をずっと追い求めていました。どうも小学校3、4年生のときに読んだエジソンの伝記がずっと心の中に深く残っていたようで、エジソンと同じ感動を体験したくて商品化してしまいました。
ちなみに、私も大人になってからいろんな本を読んで知ったことですが、エジソンを崇め立てるのは日本とアメリカくらいなんです。とくに日本では悪く言う人はあまりいないですよね。ところがヨーロッパではエジソンは嫌われているんです。それで木村哲人という人が『発明戦争 ~エジソンvs.ベル』という本でエジソンがどれだけひどいことをしたかを書いたら、投書とか電話とかがすごくて、「なんでそんなに悪く書くんだ」と、だいぶ責められたみたいです。木村さんも本当はエジソンが大好きな方で、好きでいろいろ調べていくうちに明暗両方あることを知り、エジソンも人間なんだということを書いたわけですが。
私がエジソン式蓄音機の商品化に成功してちょっと話題になったとき、その木村さんとお会いする機会がありました。じつは木村さんもエジソンが作った蓄音機を一生懸命作ろうとしたんですけど、なかなかできなかったんですね。それを私が、ちょっとした発想で「木綿針と紙コップで簡単に作れちゃうよ」なんてやったものですから、「本当に録音できるの?」とニコニコしながら(その実少し疑って)学研まで来たんですよ。それで実際に木村さん彼の前でやってみると本当に驚いて、ある意味感動してくれて、それから仲良くなって、いろいろお世話になりました。
蓄音機の”ふろく”は、アイデアの壁、安全性など、あらゆる壁にぶち当たりましたね、なかなかできなかったんです。原価の壁も大きかったですね。なにしろ当時1冊が”ふろく”つきで500円とか700円の時代で、円筒型の蓄音機は原価的に無理だろうが、帯式ならできるだろうと考えたんです。電熱器で針を加熱して、スチロールの帯を溶かしながら音の信号・震えを刻もうと考えたのですが、見事失敗しました。しかし、その失敗を経て何とかできそうな感触を得たので、『1年の科学』『4年の科学』『5年の科学』でもしつこくチャレンジしました。当時は5年生に「音」という単元がありましたが、とにかくエジソン式蓄音機を作りたくて、どの学年でもどこかの単元に強引にこじつけて必ずチャレンジしていました。
でも結局、『○年の科学』では成功できず、「大人の科学」製品版第1号として成功したのはこの試作8号機でした……正確に言うともっと作ったかもしれないですが……。
ブレークスルーは木綿針
蓄音機をいじったことがある方いますか? ラッパ型蓄音機は音量の調節ができません。電気を使わなければ肉声の音量ですから、入力レベルも限られ、かなり減衰してしまいます。音を大きくするためには、針をただの円柱じゃなくて途中を平べったくすることで振動に対して強くしてやるなどの工夫が必要です。下手にそういう知識があると、どうしても最初から最高のものを追い求めてしまって、手芸針とかミシン針とか、太い針を追い求めるうちに、じゅうたんカーペット針に行き着きました。
ただ、当然じゅうたんカーペット針って録音するためのものじゃないから、針先にうるさくないんです。でも録音するには、針先がある程度鋭くなくてはいけない。それで、じゅうたん針を3000本くらい買って調べたら、ばらつきのあることあること。ひどい場合には先端にこぶがあります。鋭くて録音に使える針はそんなに多くない。針屋さんに一度文句を言ったら、「録音するための針じゃない」と逆に怒られてしまったり(笑)。
それで、家に帰ってから夜中にどうしても諦めきれず、家にある針で実験してみようと思ったんです。それで一番身近にある木綿針でやってみたら、簡単に録音ができたんですよ。みんなが寝ているから小さな声で「ポッポッポ・・・」とか歌ったら、そのまま聞こえてきて。ですから最終的には木綿針が、それクロバーの木綿針が一番だったんです。説明書をよく読むと、縫う際の抵抗を少なくするために金メッキを施したり、針の穴を一段削ってあったりしてあるのです。とくにプロが長時間使うための針は気を遣って作られているんです。100倍の顕微鏡で観察すると、その美しさにほれぼれします。それでもこちらの管理が悪かったのか、たまにはかぎ爪のものがあったりして、録音には適さない(笑)。そうは言ってもほとんど使えるんですよ、クロバーの針は。ですから、ここに持ってきた蓄音機に使っているのもクロバーの木綿針です。
では、これから実験します。みなさん大人ですので詳しい説明はいらないと思いますが、要するに音は振動である。糸電話の糸の代わりに針があって、針がその振動をスチロールのコップに刻んでいく。スチロールの紙コップが回転すると、針が震えるとスチロールの紙コップに横波の溝が掘られていきます。そして刻まれた溝をたどると、振動が起きることでラッパから音が出てくるという、非常に分かりやすい仕組みです。では、ちょっと大きな声を出しますが・・・「♪ポッポッポ~」 はい、このように針がスチロールの紙コップに振動の溝を刻んでいます。では、巻き戻してたどります。振動が針を通して紙コップの底に伝わって、私の声が出るはずです。聞こえますか?「♪ハトポッポ…」[会場:おお!(拍手)] やっぱりちょっと音は小さいんですけどね。コップに刻まれた溝が見えますか? いわゆるレコードですよね。
まずは自分が楽しむ
最後に、「自分が楽しくないと、他人も楽しくない」。これが一番大事かもしれません。1年生向けのものを考えるときでも、自分も考えながら楽しむことです。
例えば、これは『昆虫の図鑑』と書いてありますが、小学校1年生向けに考えたもので、私は『生きてる図鑑』と呼んでいました。開くと土が入っていて、この中に蟻を入れ、そーっと閉めて本棚に仕舞います。真っ暗になりますから、蟻も安心して巣作りを始めます。それで翌日開けるわけです。少し巣作りが進んでいます。私も蟻の巣を掘ったことがありますが、いろんな部屋があって楽しいですよね。そして2ページ目は迷路。蟻にも頭の訓練が必要だろう、ということで迷路の部屋になっているんです。頭の訓練の後は運動もしなくてはいけないだろう、ということで3ページ目にはアスレチックジムが用意してあります。蟻の行動や生態の観察も大事ですが、じつは指導要領にも「1年生は思いやる気持ち、優しい心を育てることも必要だ」とあるので、蟻の身になって考える要素を入れて提案したんです。
そうしたら、みなさんも思われたかもしれませんが、「何を考えているんだ。もっと真面目に考えろ」と言われて(笑)、最初の会議もクリアできなくて、議論の余地がなかったというか、ボツになっちゃったんです。技術的な問題も沢山あったんですけどね。ただ、私の中では、発想としてはそんなにけなされるものではないと思っているので、もうボロボロになったこのワーキングモデルを大事に持っていて、こういう機会にお見せしたりするんです。会議ではバカにされましたけど、「こんなものがあったらいいな」と一生懸命考えたものです。「こんなものができたら、きっと楽しんでくれるだろうな」と思うと同時に、自分でも「こんなものができたらいいな」と楽しめないと、良い商品は作れないと思います。こういうふうに、ものづくりをやっています。
■フリートーク
会場:私の世代の蓄音機は竹針で再生していたが……。
湯本:今日お見せしたのは蓄音機の第1号ですが、今度出る第4号機には竹針や竹針カッターもついています。まだLPやEPを持っている方も多くいらっしゃると思いますが、4号機はSP、LP、EPが再生できます。もちろん録音もできます。録音用シートもついていますし、身近にあるシート、ソフトファイルとか、クリアファイルとか、カップ麺の蓋とか、いらなくなったCDとか、何でも使えます。1号機では紙コップを使っていて音が小さいですが、4号機では大きなラッパもついています。
会場:CDも使えるのか?
湯本:CDに針で溝を掘ります。CDって平滑板なので、すごく綺麗に音が入るんです。ただ、CDとしては使えなくなりますから、不要のものを使って下さい。
会場:昔、ソノシートというものがあったが……。
湯本:あれは塩ビだと思いますが、うちの会社の”ふろく”では塩ビは使わないようにしているので、別の素材にしています。
会場:「ゴムの温度変化」はどうやって原理の説明をしているのか。
湯本:おそらくエントロピーの問題だと思うので、ゴムの構造から説明しないとだめですよね。難しいです。明快に書かれている本が、なかなかないんですよね。
上田:関心がある方は、ぜひ調べて情報を送ってください。
会場:開発にかかる費用は誰が負担するのか。
湯本:開発できると分かった時点からは、もちろん会社で負担しますが、それ以前に、編集者としても、ものづくりの開発者としても、いろんなことに興味を持たないとダメだと思うし、興味を持てる人が仕事をやっていると思うんですね。そういう意味では、自分のお金も使って、いろんなところに何でも興味を持って首を突っ込む。それは自分が楽しいからやるものです。会社とプライベートの線引きは難しいかもしれないですね。もっと使っていいかもしれないし、使いすぎているかもしれない。
会場:年間の分野のバランス設定はどのように決めているのか。
湯本:指導要領や教科書をベースに考えています。教科書によって多少順番は違うのですが、採択数の多いものを基準に、例えば1年生は5月にアサガオの種をまくとか。例えば、この作品は「気になる木」といいまして、自分で植えて、机の上において、芽が出て双葉が開いて徐々に本葉が出てくる。その後は移植しますが、自分の目の前に置くのがポイントです。地面に植えてしまうとなかなか観察が大変なので、毎日気になって観察してほしくて「気になる木」にしたんです。
これは、旧指導要領の5年生にあった「光の進み方」に合わせて必ずつけていたカメラです。新指導要領ではこの単元がなくなってしまったんですが、やっぱり5年生で付けたくて、「天気」という単元に引っ掛けて、天気のときにはちゃんと撮れるけれども、曇りの時には露出時間を変える、というふうに強引に結び付けました。ちなみに、カメラの教材って昔からすごく人気があったんですけど、「写ルンです」が出てきた頃から人気に陰りが出てきました。昔はすごく高級なものでしたが、今は自分で持っているし、買えるし。だけど僕は、これはどうしてもつけたかったんですね。このカメラは、自分で現像して、スッと画が浮き出てくる。感動するんですね。自分が感動したものは、多くの人に感動してもらいたいんですよね。だからどうしてもつけたくて、何とか会議をクリアしなくてはいけないので、その時まだポラロイドカメラ
がそれほど普及していない時代だった。じゃあポラロイド
カメラをつけよう、と思ったんです。でも原価的には無理。
そこで考えたのが、赤い透明なプラスチックケースに現像
定着液・混合液を入れるんです。それで印画紙を1枚ずつ
送るんです。原始的なんですけど。印画紙を6枚セットで
きるのですが、1枚撮ってダイヤルを回すと、赤いプラス
チックケースの中にポチャッと落ちるんです。そうすると
画が浮き出てくる。(普通のカメラの場合は撮影したものを
家に持ち帰って、押入れに入って真っ暗にして現像し、
赤い電気をつけて初めて画が浮き出てきて感動するわけ
ですが、このカメラは明るい所で撮ったら明るい場所で
そのままスッと現像できる。赤だから太陽光でも感光し
ない。それで会議を通しました。名前は気持を込めて「とれ
るんです」とつけました。
会場:僕は1980年前後に読んでいた世代だが、今は「科学」と聞くと「高度成長期の思い出」「万博の思い出」「科学=明るい未来」というようなノスタルジックな響きがあると思う。その現状をどう思うか。
湯本:昔、私が子どものときには、たしかに科学というと明るい未来を提供してくれる、魔法のようなイメージがありましたね。でも公害問題とか環境問題が徐々に問題視されるようになってきてから、科学によって便利なものを作り出すことが、地球に悪いものや戦争の道具になってしまうとか、悪いイメージを多くの人に連想させるものになってしまったという感じはしますけどね。
会場:今の小学生を教えていると昔より知識がない、とおっしゃっていたが、その印象は?
湯本:知識がないというか、経験がないということですね。あまり科学に触れたくないという子どもがいる。昨日も校長先生と話をしていたのですが、一番よくないのは先生なんです。実験・実習の準備が大変だし、面倒くさいし、先生自身も科学を面白いと思っていないんですね。そういう先生が理科を教えると、子どもは分かるんです。「この先生は本当に理科が面白いと思って教えていないな」と。子どもってすごいですからね。だいたい見抜きますから。有名な漫画家の先生も「子ども向けの作品を書くときは、すごく緊張するし、大変な思いをする」と言っていましたが、私も同感で、われわれの本作りも教材作りも、子ども向けのモノはテクニックでカバーできないから怖いんです。手を抜くわけではないですけど、たとえば面白い記事を考え出して、翌年も同じ学年をやっていたら、同じテーマでやりたくなっちゃうんですよ。テクニックを使って、絵を写真に変えたりするんですけど。そうすると、前年度はものすごく人気があったのに、次年度アンケートをとるとガクっと評価が下がるんですね。編集者のいやらしい考え方を見抜かれてしまうからなんです。だから子どもが理科嫌い、科学離れになるというのは、教える側の先生の気持ち。みなさんもそうだったと思うのですが、日本史でも世界史でも、本当に面白いと思っている先生が教えてくれた授業というのは、脱線もするけれど楽しかったと思うんです。いろんなことを知っていて、いろんなことをみんなに話したいから脱線する。これからは理科の専科の先生も増えるみたいですから、よくなっていくと思いますが。
上田:どうもありがとうございました。この後懇親会もございますので、みなさんいらしていただければと思います。今日は本当にありがとうございました。■
【テープ起こし:西山庭子(リビングサイエンスラボ)+まとめ:池上紅実(サイエンスライター)】

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