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報告
子ども料理科学教室
豆や卵がカラダに変わる?!
~たくさんの顔を持つタンパク質の不思議~
小林友依(市民科学研究室・食の総合科学研究会)
「タンパク質が含まれている食品は?」と問いかけると、子どもたちからは、まず肉・魚・卵・牛乳と回答が返ってきました。そして最後のほうに豆腐・大豆と小さな声で自信なさそうな答えが返ってきました。豆類の中でも子どもたちにはなじみがあるのは、大豆のようでした。
豆類はその種類が多く、しかもそれから得られる食品類は豆の特性に応じて多種多様です。また、日本も古くから栽培されている豆類は、とても大きな力を持っています。これらのことに気づいていただくことから授業は始まりました。そして、脂質、炭水化物とならぶ三大栄養素の一つ、タンパク質についても理解していただけるような授業プログラムを作成しました。
はじめに、子どもたちの前に世界各国の豆料理6種類を用意し、試食してもらいました。
まず、マメ科の植物についてです。熱帯に行くとマメ科の植物が多く生息しています。これにはちゃんと理由があります。熱帯では、土の中の有機物が熱によって分解され、そこに叩きつけるような雨が降ると貴重な窒素肥料が流されてしまい、土が痩せてしまいます。これでは普通の植物は育ちにくいのです。しかし豆には、根に根粒菌という空中の窒素を吸収して自分の栄養にする能力を持つ微生物が寄生しています。豆は光合成で作った糖質を微生物に供給して、微生物は窒素を豆に供給する相互扶助を行うことによって、共生することができるのです。
次に豆料理についてですが、国によって栽培される豆は違いますし、燃料事情によって料理方法ガ異なります。豆は皮が堅いと煮るのに時間がかかるため、燃料の不自由な地域では迷惑な植物でもあるのです。しかし、豆をすりつぶしてから調理するなど、人々は様々な工夫をすることによって豆を食生活の中に取り入れていました。
たとえば、青大豆であれば、脂肪分が少なく、甘みが強い豆なのできなこや煮豆、スープなどに用いられます。たとえば、燃料にそれほど不自由ではないフランスでは、青大豆のスープという料理があります。また、エジプトではそらまめをおから状にし、油で揚げる料理ターメーヤという料理があります。エジプトでは燃料があまり利用できないため、そらまめのように柔らかく、燃料がそれほど必要とせずに食べられるものが栽培されてきたようです。
試食中の子どもたちは「これ好き」「これは辛い」と言いながら食べていました。中には、慣れていない豆料理に不安を感じ、拒否するように、まったく手をつけない子どももいました。料理の中では、自宅や学校などで食べたことがあるからでしょうか、小豆粥が意外とすんなりと手をつけられているようでした。
試食が終わった後は豆の観察です。どのような形をしているのか絵を描いたり、色や特徴などを書き出してもらいました。すこしでも豆に興味を持ってもらうために、ひよこ豆の不思議な形について、大納言と小豆の違いについてなどの声掛けをして興味を持っていただきました。子どもたちの中には、最大で8種類中の4種類の豆の名前を当てることができた子どももいました。
今回のプログラムでは、授業が始まってから試食・観察と子どもたちが机に向かっている時間が長いように感じました。また、試食が食べ慣れない豆料理ばかりで満足できていない上に、子どもたちが豆の名前もわからないと言う状況も問題点だと感じました。子どもたちの雰囲気がすこし悪いと感じもましたので、そのような雰囲気にならないように子どもたちの顔を上げて、スクリーンなどを用いてクイズ形式で豆に触れていくという方法でもよいのかもしれません。
続いて、豆がなぜ世界の各地で食べられているのか、日本ではどのくらい食べられているのかなどの話をしました。また日本で最も消費量の多い豆の一つである大豆に注目し、その中に含まれているタンパク質の量が、他の食材、たとえば豚肉や牛肉、魚に比べても引けをとっていないことや肉や魚に比べ、脂肪はとりすぎにならないという利点もあることなど、さらに豆について理解していただきました。
「では、そのタンパク質とはどういうものですか?」という問いかけに子どもたちは首を傾げていました。ただ「カラダを作るもの」ということを家庭科の授業では習っているようでした。しかし、一言にタンパク質といっていても様々な種類があることや、カラダのどこに存在しているのかなどはまったくわかっていない様子でした。
そこでたんぱく質に関する説明を行いました。ヒトのカラダは水分と貯蔵されている脂肪を除くと、残りのほとんどがタンパク質です。人間の皮膚・筋肉・内臓・血液・毛髪・つめなどを作り、いろいろな酵素や遺伝子、ホルモン、免疫、抗体などの生成にかかわっています。
その後、タンパク質からアミノ酸の話に移りました。子どもたちは清涼飲料水の名前やCMを見ることで、アミノ酸という名前は聞いたことがあったようでしたが、実はあまりよくわからないもののようでした。
そもそもタンパク質は20種類あまりのアミノ酸がいろいろな順番で鎖状につながったものです。このアミノ酸の並び方でタンパク質の役割が決まっています。食べ物に含まれているタンパク質は体内で消化されると、一度アミノ酸に分解されます。それから再び体の様々な部分を作る働きをするのに適したタンパク質に作りかえられるのです。
大豆などの豆類を取り上げたのは、豆が、米などの穀物に不足している必須アミノ酸をここで取り上げている豆が持っているからです。穀類だけだと、リジンが不足します。これを補うことができるのが豆類なのです。一方、たんぱく質を豊富に含む豆類も、必須アミノ酸のバランスが完全ではありません。豆には穀類にたっぷりと含まれているメチオニンやシステインなど、硫黄を含む必須アミノ酸が不足しているのです。そのため、穀類と豆の両方を食べないとバランスの取れた食事をしたことになりません。理想的なのは、食べる豆の量が、は穀類の量の10~20%くらいになるというバランスです。この場合、全必須アミノ酸をバランスよくとることができるようになっています。また、メキシコのようにとうもろこしを主食としているところではトリプトファン欠乏が問題になっています。しかし、とうもろこしを胚芽ごと食べた場合は、そこにたった10%の量のうずら豆を補うだけでトリプトファンやリジンもFAO・WHOが推奨するレベルまで上げることができると言われています。
以上のようなタンパク質・アミノ酸の解説については、子どもたちはわかったような、わかっていないような、難しい顔をしていました。
そして、いよいよ子どもたちにも体を動かしていただく番になりました。まずは豆腐作りです。豆腐は、一晩水に浸けた大豆をミキサーにかけ、それを煮込み、布巾で漉して、その漉したものににがりを加え、凝固させることによって作られます。
ただし、今回は子どもたちに作り方も材料も教えずに、どのように作られているのかを班毎に話し合っていただき、話し合った結果をもとに豆腐作りに挑戦していただきました。材料のヒントとして、生大豆、きなこ、茹で大豆、片栗粉、ゼラチン、寒天、にがりを用意し、それかを使えばよいということを教えました。
班によって選ぶ材料、使う道具、加熱方法も異なりました。たとえば、茹で大豆に片栗粉を混ぜてミキサーにかけて、それを蒸すと豆腐ができると考えた班がありました。また、きなこ、茹で大豆をミキサーにかけて片栗粉を混ぜると豆腐ができると考えた班もありました。はたまた、豆腐を固めるためにゼラチンか寒天を使うべきかで悩んでいる班もありました。
どの班も失敗作ばかりでしたが、その中で一班だけは豆乳作りまで成功していました。その班は、あとはにがりを入れて、固めたらできると発表してくれました。制限時間を20分としたため、最後まで作り終えることはできませんでしたが、この班は豆腐作りに成功したと言えるでしょう。
豆腐作りは子どもたちに好評でした。自分たちで考え、自由に作ることが楽しかったようです。しかし、中には失敗したからつまらないという意見もありました。
子どもたちに作っていただいた後は、家庭でできる豆乳を用いた豆腐作りを、先生の下、体験していただきました。ここでは、かたい豆から柔らかい豆腐ができることやにがりを入れると液体が凝固するなど、物が変化する驚きを実感してくれることを意図しました。
子どもたちにとっては、豆乳ににがりを入れたときに豆乳が固まっていく様子が面白かったようです。また見ているだけではなく豆乳ににがりを入れる前と入れた後に木べらでかき混ぜる体験をしていたので、「木べらが重くなった」「木べらに何かついてきた」などの感想がでていました。実際に手を使うことによって変化をよりわかりやすく体験できたようです。また大豆の中に含まれるタンパク質とにがりが手を組むことで固まるということを説明すると、「タンパク質って面白いね」と言ってくれた子どももいました。
さらにタンパク質には様々な種類性質があることに気づくための実験を組み込みました。実験には卵・牛乳・ゼラチンを用いた実験を行いました。
卵の卵白と卵黄には異なるタンパク質が存在します。これらのタンパク質は凝固温度が異なるため。卵黄は70℃、卵白は80℃でほとんど凝固します。この2つの性質を利用して作られるのが温泉卵です。今回は、温泉卵作りの実験を行いました。
まず、卵白と卵黄を異なる容器に入れ、湯煎(70℃程度)にかけます。それを30秒ごとに観察していきます。すると卵白は次第に凝固していく様子が観察できますが、卵黄はまったく変化が見られません。子どもたちは真剣にその違いを観察していました。
観察が終わった後、子どもたちに殻のままの卵を温泉卵にしたい場合はどうするのかと問いかけをしました。子どもたちは困った様子でした。殻がなければ70℃で温泉卵になるのに、殻が邪魔をするということはわかっているようでした。「80℃くらい」「90℃くらい」「温泉卵なのだから温泉と同じ温度で」などと発言ありました。さらに何分入れておくのかと意地悪な質問を返すととても困った様子でした。解答は「65~68℃のお湯に30分程度浸けておくこと」です。その前の観察が政界にたどり着く邪魔をするという、少し意地悪なクイズでした。
しかし、この方法よりも簡単な方法があります。そこで、それを子どもたちと行いました。それは、「常温に戻した卵をラーメン丼ぶりに入れ、100℃を注いで蓋をして15分待つこと」です。その方法で温泉卵を作るのです。ラーメン丼ぶりにお湯を注ぐことでどんぶりにも熱が伝わり、お湯の温度は下がり、卵には丁度よい熱が伝わることを利用した方法です。また、容器が小さいとお湯が少なく、温泉卵ができる前にお湯が冷めてしまうという失敗をしてしまうので、ラーメンどんぶりを利用しました。しかし、ある班は100℃に沸かした鍋の中に卵を入れてしまうという失敗をしてしまいました。これでは熱が卵に伝わりすぎてゆで卵になってしまいます。
多くの班では、うまく温泉卵を作ることができていました。出来上がった卵を割るときの子どもたちの顔は緊張していました。割って、無事に温泉卵が出来上がっていると子どもたちは「すげ~」「感動した」などと声を上げて喜んでいました。
続いて、バター作りを子どもたちと行いました。まず、牛乳の中に含まれているタンパク質についての話をしました。「牛乳の中にタンパク質が入っている」と言葉で言ってもわかりにくいので、牛乳を加熱した時にできた膜が、タンパク質が熱変性したものだということを見せました。それから、牛乳に含まれている脂肪はタンパク質の膜に包まれているので、バターを作るにはタンパク質の膜を壊して、脂肪分を集めればよいということを話しました。しかし、牛乳に含まれている脂肪分は、カラダへの吸収・消化をよくするために細かくなっているので、バターが作りにくくなっています。そのため、今回は牛乳から分離した乳脂肪分で作られた生クリームを用いました。そこで、牛乳から生クリームができるまでという説明も行いました。
子どもたちに生クリーム入りのペットボトルを渡し、班対抗でバター作り競争を行いました。バター作りは好評でした。みんなで協力できたことや競争したこと、振っているうちに次第に固まっていく様子が手を伝わって実感できたことが、子どもたちにはおもしろかったようです。
次の実験では、たんぱくの酸凝固・塩凝固を体験していただきました。牛乳を2つの容器に入れ、一方は何も加えず、もう一方にはレモン汁を加えました。それぞれにスプーンを入れかき混ぜると、不思議なことにレモン汁を加えたほうのスプーンが重く感じられます。レモン汁によりタンパク質が酸凝固した為です。子どもたちはかき混ぜると「違う」「どろどろだ」という感想を言ってくれました。「レモン汁をもっと入れたらカチコチになるの」と質問をしてくれた子どもいました。とても興味を持ってくれていることがわかります。
塩凝固については、蒲鉾を例に挙げて言葉のみで説明をしました。これは少々失敗でした。やはり子どもたちは、実物をもって示してあげないと理解が難しいようです。次回は、2種類の蒲鉾を作ることも考えてもよいかもしれません。
酸・塩凝固を体験する為にもう一つ実験を行いました。沸騰したお湯を3つ用意します。一つは塩を入れ、二つ目にはお酢を入れ、最後の一つには何も加えません。それらの中に、卵を割って入れます。三つの容器では、卵を入れたときの固まり方も違えば、取り出したときの硬さも異なります。それらを観察したり、触れたりすることによって、子どもたちはその違いを感じていたようです。
最後はタンパク質の融解の実験です。実験ではパイナップルとゼラチンを使いました。パイナップルにはプロメリンと呼ばれるタンパク質を分解する酵素が含まれています。そのため、動物の皮、筋、骨などのコラーゲン(タンパク質)を原料としているゼラチンはアミノ酸に分解され、粘りを失い、かたまらなくなってしまいます。
生のパイナップルをすりつぶしゼリー液に加えたもの、火を加えたパイナップルをすりつぶしゼリー液に加えたもの、パイナップルジュースをゼリー液に加えたものの3つを用意しました。生のパイナップルを加えたゼリー液はまったく固まらず、液状のままでした。一方で、火を加えたパイナップルではしっかりと固まり、パイナップルジュースではゆるく固まりました。
授業ではすでに作ったものを見せ、子どもたちに触れていただくだけでした。しかし、同じ材料と同じ分量を使って作ったにもかかわらず、ゼリーが固まる、固まらないという違いができるのはなぜなのかを考えるのは楽しかったようです。
今回の授業では、子どもたちに調理をする時間を設けませんでした。授業中に作った豆腐・温泉卵・バターを使って、先生たちが作ったキノコあん・タレ・ふかし芋・味噌汁・パイナップルゼリーを合わせて食べていただくという構成でした。いままでの授業は必ず、包丁を持ったり、鍋を用いたりしていましたので、そのような作業ができないことに不満を感じる子がいるかもしれないと不安はありました。しかし、特に調理ができなかったことに子どもたちからの不満は聞かれませんでした。作ることより食べられることのほうが喜びは強いのかもしれません。
正直に申し上げますと、このプログラムを作っている時には、とても仕上げられるという自信はありませんでした。しかし、タンパク質について様々なことを伝えておきたいと思い、少々、頭でっかちになっていたこともありますが、子どもたちに分かりやすく伝えるためにはどうしたらよいのだろうかと考えました。そして、専門用語にぶつかり、その言葉を噛み砕くだけでも多くの時間を要してしまいました。また、タンパク質を理解しようとすると、その他の分野(分子についてや体内の消化機構など)まで理解をしていかなければならない状態でした。その結果、タンパク質は多種多様だからこそ面白くもあり、難しくもある分野であること実感しました。この授業が、子どもたちにとって、タンパク質についての導入として役立つことを願います。■