WHOのワークショップ「携帯基地局と無線通信」に参加して

投稿者: | 2005年8月30日

欧州取材記①
WHOのワークショップ「携帯基地局と無線通信」に参加して

上田昌文
pdfはこちら→emf_016.pdf
●背景
 携帯電話の普及に伴い、携帯基地局がいたるところで建設・設置されるようになった。その数は日本では8万5792局(2004年12月時点で)。動画のやり取りも可能な第3世代携帯電話(3G)の基地局が増加し始めた2002年頃から、住民と携帯電話会社間のトラブルが急増し、今では全国で200件以上起きているともいわれる(「電磁波問題市民研究会」の調べ)。
 基地局をめぐるトラブルは何も日本だけではなく、世界の至る所で起こっている。現在、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が出している人体防護の観点からの電磁波規制の指針を、多くの国が採用している。その「安全基準」からすれば基地局が発する電波は数千分の1から数万分の1程度の強さでしかないと言われているが、恒常的・長期的に被曝した場合に何らかの人体への悪影響があるのではないか、またそのような設備を近隣住民の合意なしに建てしまうことは問題ではないか、という点をめぐって、いま世界各地で激しい論議が起こっている状況だ。
 国際的に共通した問題だからこそ、国際的に権威ある機関が解決の見通しを与えることには意義がある。WHOの「電磁波プロジェクト」によるワークショップ「携帯基地局と無線通信」(ジュネーブにて、2005年6月15日および16日)で、携帯電話を筆頭に今後も開発と利用が進むだろう無線通信技術に目配りをして、(1) 微弱な高周波の長期被曝の人体影響について何が明らかになっているか、(2)携帯基地局をはじめとする無線通信設備の建設・設置のトラブルを回避するために、いかなる政策的な対応が必要か、どうやって携帯電話事業者、国や自治体、住民といった利害関係者たち(ステークホルダー)で有効なコミュニケーションをとっていくか、という2点を集中的に議論したのは、時宜にかなった試みだったと言えるだろう。
●会議の概要
 参加者は全部で約180名。参加国は欧米各国のみならず、韓国、タイ、中国、台湾、中南米諸国、オーストラリア、ニュージーランド、レバノン、イスラエル、トルコなどに及ぶ。日本人参加者は8名いたが、総務省、厚生労働省、東京医科大学、国立環境研究所、情報通信研究機構、国立保健医療科学院、NTTドコモ、そしてNPOの市民科学研究室(筆者)からの面々だった。
 総勢28名のゲストスピーカーたちがそれぞれ30分ずつの講演を行い、短い質疑が続くという形で、朝から夕方まで2日間をかけて進行する。昼食を挟んで午前と午後に長いコーヒーブレイクが入り(約30分)、それが自由な討論の場になっていた。
 発表者がプレゼンテーションに用いたパワーポイント資料がWHO電磁波プロジェクトの次のサイトで公開されているので、詳しくお知りになりたい方はそちらをご参照いただきたい。
(http://www.who.int/peh-emf/meetings/base_stations_june05/en/index.html)
 ここでは、健康影響に関して主だった意見がどんなものであったのか、そして基地局設置の問題に各国がどんなアプローチをしているのかを簡単にまとめてみたい。
●基地局からの電磁波の健康影響について
 微弱な高周波電磁波であっても何らかの生物影響をもたらしていることを示した研究は、多数存在する。しかしそれが何らかの健3康3影響をもたらしている(あるいはもたらし得る)ことを明確に示した研究はほとんどないと言えるだろう。しかしだからといって「健康影響はない」と断定したり、健康影響を探るそうした研究を「無駄な努力」とみなしてしまうのは、正しい選択とは言えない。携帯電話周波数帯の電波では、なんといっても多数の人がそれに被曝し始めてからまだ数年しか経っておらず、長期的・恒常的に被曝した場合にどんな健康影響が現れるかは、誰も確かなことは言えないはずだからである。大雑把に言うなら、こうした”不明(わからないこと)”を”影響がみられない=安全”にすりかえる論理が、健康リスクをもたらす環境因子を規制する上でこれまでまかり通ってきたのであり、健康被害が繰り返されてきたのもここに根本の原因がある。予防原則を尊重しようという思想的な潮流は、この「クロと示せない限りシロとみなす」という論理の不備がもたらしたことへの歴史的な反省から生まれてきたのである。
 確かに、今回のワークショップでも大勢は「これまでの研究では、基地局からの電磁波による健康影響を証拠立てるものはほとんどない」という意見であった。基地局電波の疫学研究にいたっては、「絶望的に難しいだろう」とほとんど皆が考えている気配であった。すなわち、
・ 高圧線からの電磁波(50Hzもしくは60Hzの超低周波)でさえ、何十億円も費やして25年に及ぶ50件の主要な疫学研究がなされてきたにもかかわらず、見えてきたのは、小児白血病の発症率が若干上がる(4ミリガウス以上で2倍ほど)といったことだけであり、大人の健康影響については確かなことは何もわからない。
・ 比較的長い間多数の人が曝されている放送電波でも、”症例群””対照群”の被曝量を確定することそのものが困難で、これまでなされた10件ほどの研究の結果は説得力がほとんどない。
・ ましてや、至る所に立ち並ぶ基地局からの電波は、端末からの被曝量とのより分け、周辺住民が被曝する量の推計などで、すでに大きな困難を抱えている。
といった理由が挙げられていた。
 しかし、少数ながら、基地局電磁波被曝問題の今後をジュネーブにあるWHO本部見据えて建設的な提案をする人もいた。その論点は次のようになるだろう。
・ 携帯電話に用いる電波はパルス変調されたデジタル波である。これまでアナログの連続波(変調されていない波)の動物実験はたくさんなされてきたが、FM電波やAM電波を含む変調された電波、しかもデジタルのパルス波の影響を調べる実験研究はそれほど多くない。
・ 周到に設計された二重盲検法1を用いて、自発的被験者(自らの意思で電磁波に曝される実験に参加する人)が被曝によって生理学的に、あるいは行動面や認知・神経機能の面での何らかの異変を生じないかどうかを調べる。こうした面での生物影響を示す、分子や細胞レベルでの実験データは相当数あるので、被験者データとつき合わせることで何らかのメカニズムが分かってくるかもしれない。
・ 電磁波過敏症の人を対象にした調査(上記の自発的被験者の実験を含めて)をある程度の規模ですすめる。
 第三世代携帯基地局の電波の健康影響を示唆した報告としてよく引き合いに出される『TNO(オランダ技術調査研究所)レポート』(2003年)2にいては、同様の手法を用いての追試が現在いくつかの国でなされている、と報告されていた。
●基地局設置をめぐるトラブルへの政策的対応について
 健康影響の問題が総じて”後ろ向き”だったとすると、基地局設置をめぐるトラブルへの対処は、先進国の多くが「現在の電磁波規制値を見直す理由はないが、それ以下の強さの電波であっても、設置の可否や場所の決定などについて住民が納得のいくやり方をしない限り、トラブルは解決しない」と合理的に判断していて、住民の意思を尊重したリスクアセスメントやリスクコミュニケーションをいかにすすめるかが焦点になっていた。そればかりではない。電磁波政策において予防原則の尊重を打ち出して、その国独自の厳しい規制値を設けたり、環境中の電磁波の常時モニタリングを実施している国があるのだ。日本は、電波行政を管轄する総務省はいまだに既存の携帯基地局の位置(住所)を明らかにすることさえ拒み3、携帯電話事業者と設置場所を貸し付ける土地所有者の2者が合意すればいつでもどこにでも設置できるという状況だが4、これが欧州諸国と比べていかに”遅れた”事態であるかは、もっと強調されてよい5。今回はリスク論で著名なドイツの社会学者Ortwin Rennを最終スピーカーにすえてさかんに議論したことからも、トラブル回避のための方策を真剣に模索する姿が浮き彫りになっていた。
 たとえばスイス。1983年に環境基本法に相当するものを制定した際にすでに、予防原則の尊重が文言としてそこに入った。「”環境”を構成する要素である限り、そのリスクに対しては予防原則を適用していこうというのがあたりまえになっている。法律で決められたことだから」というのが、スイスの関係者と話していて一番印象的な言葉だ(日本の厚生労働省に相当する「スイス健康局」(ベルン)を取材した報告は次号でお伝えする)。たとえば、WHOのスピーカーであったJ.Baumann氏(スイス環境森林国土局)に家電製品からの電磁波の規制に関して話をうかがうと、「家電製品からの電磁波漏洩の問題は”環境問題”として扱わないので、家電製品に固有の電磁波規制をしていく対象としていないが、全部の家庭に共通する要素(たとえば熱供給システム)や職場に固有の要素については”環境”とみなせる限りで規制の対象としてとらえていく傾向がある」との指摘をいただいた。2000年には予防原則に立った電磁波規制法ができ、携帯基地局などの無線通信設備については「6W以上の無線出力を持つ設備については、そこから放射される電磁波の強度を技術的、経済的、操作の管理上可能な限り低く抑えていく」という方針が打ち出された。特に、学校、病院、公共施設などを含む比較的リスクが大きいと想定できる施設や地域を”高感受性”対象と指定し、そこにはICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)の基準値よりも10倍厳しい基準を適用している。国としても「非熱効果の長期的影響がないと否定できない以上、予防原則で臨むのが当然である」という姿勢を示している。
 さらに、イタリア。電磁波規制法にあたる「通信コード」が制定されたのが2003年で、その中で日本やICNIRPよりもはるかに厳しい規制を打ち出した。それは「住環境においては電界強度が6V/m(これはおよそ10μW/cm2に相当)を超えないようにする」6というものだ。ただし厳密に言うとこれは「規制」値ではなく「要注意」値であり、法的拘束力はない。実際にはこの規制値をそのまま適用している地方はそれほど多くないとのことだが、興味深いのはこの要注意値の存在を喚起するために、全国の100を超える地点で可動式の電磁波計測装置を置いて環境中の電磁波強度をモニタリングしている点だ。これと並行して「Blubus」という名のバスを走らせていて、市民のリクエストに応じて計測し、電磁波に関する相談や情報提供をしている。
 基地局の位置はもとより基地局に固有の情報(通信会社、アンテナの高さ、出力、電波通信方式など)をウェブなどで地図つきで公開している国も少なくない。
 設置のトラブルを回避するには何が基本か。WHOの会議では、それは「住民が携帯電話を使うことのメリットを享受するのに基地局の設置は不可避である。ならばどこに設置すればよいのかを、必要な電波強度のデータ(設置する場所をいろいろ変えてのシミュレーションも含めて)をすべて公開し、利用してもらって、住民自身に決めてもらうのが一番よいのではないか」というあたりだったと言えるだろうか。
 会議は夕方5時半まで続き、様々な意見をどうまとめるのかがなかなか明確には見えないまま幕を下ろした。WHOの電磁波プロジェクトがこの問題に対する一定の見解をfact sheetとして示すのが、いつになるのかはわからないが、世界各国でもめている携帯基地局設置の問題だけにメディアからも大いに注目されるだろう。
1:新薬のテストなどでよく使われる、信頼性のあるデータを採るための手法。新薬の治験では、医者にも患者にも、どちらが薬効のある「被検薬」で、どちらが薬効の無い「プラセボ」(偽薬)であるかをわからないようにして進めることを指す。
2:第3世代携帯電話システムの健康影響について調査したもので、オランダ政府3省(経済省・保健省・通信省)が共同で技術研究調査会社TNOに委託したもの。第2世代と第3世代の中継基地局から発せられるマイクロ波を4つのグル-プに分けて二重盲検法も使って反応をみている。結果は、第3世代基地局の電磁波に曝されたグル-プには、統計的に有意なレベルで、頭痛・吐き気・ちくちくする痛みを感じる者が現れたり、記憶や認知的な反応時間などの面での変化がみられたりした。
3: 『どよう便り』第68号(2003年8月)携帯電話電磁波リスク助成研究報告(上田昌文)を参照。
4: 『どよう便り』第71号(2003年11月)私たちのマンションに基地局アンテナが!(中村由美)を参照。
5: 今回のWHOのワークショップで情けなく思ったエピソードを一つ。2日目の昼食の後に、各国の状況を伝えるための自発的なショートプレゼンテーションの受付があった。日本人の参加者の中から某国立研究所に所属するある若い人が5分ほど発表したのだが、あまりにお粗末で筋違いな発表だったので、唖然とした。「各国の報告」とは、基地局をめぐる状況を伝えることだ。彼は何を思ったのか、総務省のホームページの紹介そのままといって過言ではない、「日本には電波防護指針があり、その中で電波の規制をしている。生体電磁環境研究推進委員会があり、そこで各種の研究をしています」といった類のことを述べただけ。基地局の設置に関するトラブルなどのことは一言たりとも触れない。この人は、上司からとにかく「日本のことを伝えてこい」と言われて、総務省のスポークスマンになればよいと考えたのだろうか。英語もつたなかったがそれ以前の問題として、他の参加者をポカンとさせることを自分がしゃべっている、という事態を理解できていない。
6: 私たちが以前計測した東京タワー周辺の電磁波の強度で言うと、半径400m以内にはこのイタリアの基準を超えるところが十数ヶ所確実に存在した。『どよう便り』53号(2002年4月)東京タワーからの放送電波の強度分布と周辺地域の電磁波リスク(小牧史枝+上田昌文)を参照。

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