外環道大深度工事で発生した振動・騒音・低周波音による被害の実態把握に向けて

投稿者: | 2023年10月5日

外環道大深度工事で発生した
振動・騒音・低周波音による被害の実態把握に向けて

―3年目を迎えた、高木仁三郎市民科学基金による調査から―

 

上田昌文 (NPO法人代表理事、外環振動・低周波調査会世話人)

 

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1.はじめに

NPO法人市民科学研究室は、2020年10月18日に調布市で起こった、東京外環道の大深度地下(※1)トンネル工事に伴って発生した陥没事故の被害実態の究明と問題の解決に向けて、地元住民と「外環振動・低周波音調査会」を結成し(※1)、毎月3回ほどの定例会を持ちながら、現地での調査を続けている。すでに各種メディアで報道されてきた周辺地域の地盤・建物の損壊に加えて、住民の間に騒音・振動・低周波音による健康被害が生じていることが、私たちの調査で明らかになった。その調査は、高木仁三郎市民科学基金の助成を受けてなされてきた(2021年度96万円、2022年度50万円)。2023年度においても50万円の助成をいただくことが決まり(2023年8月~2024年7月)、後述する「地盤補修工事」をも対象に含めて調査を継続することになる(※2)。

※1:「外環振動・低周波音調査会」は2020年10月18日に調布市で起こった東京外環道トンネル工事に伴う陥没事故を機に、トンネル工事がもたらしている被害の実態を究明するために、NPO法人市民科学研究室が現地の住民らと共同で結成した調査グループ。メンバーは上田昌文(市民科学研究室)を世話人として、籠谷清(外環ネット)、菊地春代(外環被害住民連絡会・調布)、野村羊子(三鷹市議会議員)、丸山重威(日本ジャーナリスト会議・運営委員)らを含む、東京外環道各エリアから合わせて20数名からなる。

※2:すでに、この8月に次の公開学習会を調査会が主催して実施した。これは連続学習会「東京外環道の工事のリスクを知る」の第2回目で、2023年から2024年にかけて、全6回を予定している。
「地盤補修工事は地下水にどう影響するのか」(8月26日(土)、参加者54名)
また、この先の9月と10月には、この報告と同じく2年間の調査結果を報告する機会(発表者は上田)が設けられている。
・9月17日(日)高木基金主催「2022年度成果発表会」にて
・10月15日(日)外環被害住民連絡会・調布「外環陥没3周年集会」にて

 

2. 低周波音健康被害の実態

2021年8月から11月に25名の被害住民に対して詳細な聞き取りを実施し、その結果を12月11日に現地で「中間報告」として発表した(※3)。

※3:中間報告会「大深度地下トンネル工事の振動・低周波音被害」(2021年12月11日)
集会(2021年12月11日)の動画
・集会の配布資料に一部加筆した「中間報告概要」(2021年12月15日)
・上記集会の講演のなかで示している図版「大深度地下トンネル工事による振動・低周波音被害聞き取り調査(25名)の結果のまとめ」(2022年2月1日最終版)は以下にも掲載している。

巨大なシールドマシンによる地下40メートルでの掘進工事によって微振動と聴覚範囲外の周波数を含むだろう低周波音が長期にわたって発生したが、その双方を地上の住民らが持続的に(平均して1カ月弱)曝露するという事態は、おそらく前例がなく、従来指摘されてきた低周波音被害に特徴的な知覚・体感や体調悪化(めまい、耳鳴りのような圧迫感、夜中の突然の目覚め、聴覚過敏、嗅覚喪失など)の証言が多数得られたのも、そのことのためであると考えられる。本調査から、(1)シールドマシン工事の進行の時期と振動・低周波音の体感ならびに体調悪化の時期的な相関はきわめて高い(下図では、上から下に並べた25名の男女は、その居住地が南から北へ緯度の順になっており、一方地下でのシールドマシンによる掘進は世田谷区の成城エリアから調布市のつつじヶ丘エリアに向けて北上していることに注目のこと)、(2)25名(女性18名、男性7名)のうち、何らかの大きなストレスや精神苦痛を覚えた者が15名、うち何らかの症状を発症したものが13名、そしてそのうちの6名(すべて女性)が工事停止後も過敏化した症状に今なお苦しんでいることがわかった。

地下トンネル掘進中から、激しい振動などの体感的被害を訴えていた直上に住む住民らがいたにもかかわらず、事業者(NEXCO東日本、NEXCO中日本など)はそれらの苦情へのまともな対応を行わず、陥没事故後もこうした被害の実態調査をまったく手がけていない。こうした不遜・不誠実な事業者の対応は、周りの理解がなかなか得られない症状に苦しんで孤立しがちな被害者を、さらに追い詰めるものとなっている。

 

3.振動モニタリング網の確立

 

調査会では、長く外環道反対の住民運動に取り組んできた方々らが蓄積してきた知見や、地盤工学や土質力学や振動工学の必要な専門知識を取り込みながら、学習・情報発信・調査にあたっている。冒頭で述べた定例会とは別に、オンラインも活用しながらの学習会や見学会、外環道各エリアの意見交換会は、自ら主催するもの(10回ほど)に、外環問題に関わる他の運動団体が主催するものに参加した場合を入れると、この2年(助成期間2021年8月から2023年7月まで)で、じつに40数回にも及んでいる。

こうした調査や学習会をすすめるなかで、調査会はシールドマシンによる掘進が進行・再開されているエリア(外環道の練馬エリア、横浜環状南線エリアなど)を含めて、地下工事から発生する振動を常時モニタリングする必要を痛感した。そこで、北海道大学ならびに電気通信大学の研究者の協力を得て、簡易な振動計(既存の振動加速度センサーのアプリケーションを改良して中古iPhoneに装備)を開発した。その振動計を個々の住宅に設置して、地下でのシールドマシンの掘進に同期させて1週間連続的に振動データを記録することができる。調査会では、工事が進行中の三鷹エリア(中央JCTルート)や練馬エリア(大泉JCTルート)や横浜環状南線エリア、そして町田市などのリニア中央新幹線エリアにおいて、すでに数件のお宅にこの振動計を設置してモニタリングを始めている。また、2023年8月2日から、調布市の陥没事故が生じたトンネル直上エリア(220m☓16m)で今後2年ほどの長期にわたる極めて大がかりな「地盤改良工事」が始まっているが、その周辺エリアにおいても、振動・騒音・低周囲は音被害を予防するために、iPhone振動計と精密機器による測定をどう組み合わせてモニタリングを行うべきかを検討している。

4.建物被害の実態

先に述べた振動・低周波音の健康被害を把握するための詳細な聞き取り調査は2021年に実施したものだが、それに引き続いて2022 年には、建物に生じた損傷の全容を明らかにするための見回り調査を実施した。

調布市(若葉町1丁目、東つつじケ丘2丁目、東つつじケ丘3丁目、入間町2丁目)と世田谷区(成城3丁目、成城4丁目)のトンネル直上ならびにその周囲を対象に巡回し、各住宅を道路側から目視して、損傷部分の記録(写真・スケッチ・状況メモ)を作った。合計 333軒について約 2000枚の写真が得られたが、それを 1 枚ずつ Google Street View の過去の写真と照合させ、住民・居住者の証言や本人から提供いただける家屋調査データがあればそれも活用して、その損傷が大深度地下トンネル工事後に新たに発生したものであるかどうかを特定した(下に掲げた写真はそうした事例のごく一部)。

観察できた損壊箇所のかなりの多くが工事前から発生していたと判明したが―コンクリートの劣化や、おそらくは軟弱地盤であることも影響して徐々に進行した不同沈下などに起因する―、調布市内でみると、 (A)損傷が工事後に新たに発生したと確定できた事例が 30 軒、(B)工事に起因すると強く疑われる事例(地面の沈下・隆起による、大きい亀裂、門や扉やブロック外壁に隙間や傾斜)が 30 軒あった。注目すべきは、建物損壊が生じた場合の「補償対象地域」(※)の外でも少なくとも(A)が9軒、(B)が16軒あることがわかった点である。

第Ⅱ期調査で対象とした90軒のうち、損壊が発見された箇所を損壊の種類別にカウントしたもの。数字は軒数ではなく、1軒のうちにどのような種類の損壊がみられるかを数えて合算したもの。

補償対象地域……建物の損壊は原因が何であるかを問わず事業者が補修する。対象地域外は補修しない。
地盤補修範囲……陥没地点を含むトンネル直上エリア。家屋を解体し、2年をかけた工事で緩んだ地盤を強化するという。

事業者は自ら「補償対象地域」を決め、工事前から発生していただろう経年劣化もいっしょくたにして個別の「補修」でことを済ませようとしているが、実際はこの補償対象地域外でも工事による建物損傷は生じていることが示された。事業者が建物被害の実態調査を行わず、このような恣意的な「補償対象地域」を設けて事後処理にあたる、というやり方では、他地域で大深度地下工事がなされる場合に建物への影響がどう出るかが検討できない。ましてや陥没エリアにおいて開始され、大きな騒音と振動が発生している地盤改良工事の影響もわからない。

調査会では、下の図にまとめたような、外環トンネル工事が抱えている問題点のそれぞれに対して、大深度法(※4)がとなえてきた「地上部への影響は出ない」という前提がすでに崩れていることを広く訴えつつ、様々な市民科学的手法を用いて今後も調査を継続することにしている。これまでに得られた成果はすべて市民科学研究室ウェブサイトに整理して掲載しているので、ご覧いただければと思う(※5)。

※4:土地の所有権は、地下および空中に及ぶ絶対的な権利とされるが、大深度法は、地下40m以深の空間(これを「大深度地下」と呼ぶ)には地上の所有権が及ばず、公共目的であれば使用できるとしている。これにより、大深度地下であれば、土地所有者に地上権設定料を支払うことなく地下にトンネルを掘ることが可能となる。大深度法は、正式名称「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」で、大都市圏の地下の公共的利用を円滑に行うために、2000年に制定、2001年から施行されている。

※5:「大深度地下トンネル工事の振動・低周波音被害」第Ⅰ期調査の動画・報告文書を公開

 

 

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