【連載】21世紀にふさわしい経済学を求めて(22)

投稿者: | 2023年10月5日

連載

21世紀にふさわしい経済学を求めて

第22回

桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)

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「21世紀にふさわしい経済学を求めて」のこれまでの連載分は以下からお読みいただけます。

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回

第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回

第13回 第14回 第15回 第16回 第17回

第18回    第19回 第20回 第21回

第1章 経済学はどのような学問であるべきか (第1回)
第2章 需給ギャップの経済学 保存則と因果律 (第2回と第3回)
第3章 需要不足の原因とその対策 (第4回と第5回)
第4章 供給不足の原因と対策 (第6回と第7回)番外編 経済問答その1
第5章 金融と外国為替市場 (第8回と第9回)
第6章 物価変動と需給ギャップ(第10回)
第7章 市場メカニズム 基礎編(第11回と第12回)
第8章 市場メカニズム 応用編(第13回と第14回) 番外編 経済問答その2
第9章 労働と賃金(第15回)
第10章 経済政策と制御理論(第16回)
第11章 経済活動の起原(第17回と第19回)
番外編 経済問答その3(第18回)
第12章 需要不足の日本経済史(第20回と第21回)

番外編 経済問答 その4

論者:システム経済学研究室主任 比良木(ひらき)

銀行員(中小企業融資担当) 土倉(つちくら)

 

連載第18回「経済問答3」のインタビューのつづきで、現在進行中の問題を議論します。

 

●インフレと金融政策

土倉
インフレが続いています。インフレを押さえ込むには、公定金利を引き上げざるをえないのではないでしょうか。

比良木
連載第18回でも取り上げた「フィッシャー方程式」を思い出す必要があります。

名目金利=実質金利+(予想)インフレ率

土倉
これを実質金利の定義式(約束)とすると、予想をはずして
実質金利=名目金利-インフレ率
となります。正確には引き算ではなく割り算にしないといけないですが、経済学の慣習にしたがって引き算で近似するということでした。

比良木
貨幣を貸す(預ける)と、名目金利の分だけ資産が増えますが、物価があがった部分は目減りするので、実質的な資産価値は実質金利で考える必要があります。通貨を交換するとき、実質金利で判断する必要があると説明しました。それは単独通貨でお金を預けるときでも、同じことが言えます。

土倉
公定金利は名目金利なので、インフレの分を割引いて考える必要がある。実質金利を維持するには、インフレ率だけ名目金利をあげないといけません。逆に物価が上がっているのに名目金利をすえおけば、資産はその分目減りします。

比良木
物価に追従して名目金利をあげることで、経済のバランスを取るのです。実際の長期名目金利と実質金利の動きを、IMF(国際通貨基金)のデータで見てみましょう。
日本国債は、財務省のほうが長期間のデータがあるので、それを使いました。全体の傾向をとらえるには、長期の債券、その中でも10年満期の国債の金利を見ます。

土倉
どのようなことが読み取れますか。

比良木
金融危機のようなとき以外は、実質金利の変動の少ないことがわかります。政策で決める名目金利は、物価に合わしていることになります。建前では、実質金利を操作して景気調節するのが金融政策ですが、実はあまりできていない。「物価追従」に近い。操作していることにすることで、心理的に一定景気が左右できているのかも知れまん。

図Ⅳ-1 各国の10年国債名目金利・10年国債実質金利・消費者物価(1980-2021)

土倉
それにしては、マスコミ報道やネットの解説も、物価追従(インフレ)で説明したものがあまり見当たりません。各国の中央銀行関係者も、本気で名目金利だけで考えている可能性があるのではないですか。

比良木
2023年の秋のある時点で、アメリカの金利を見ていると、おおよその物価上昇率は年3%で、公定金利(名目金利)が4%です。FRBは、今まで上げ続けた金利をここでストップさせています。つまり、実質金利1%を維持しているのではないかと思えます。

土倉
FRBは直訳では「連邦制度準備」となりますが、アメリカの中央銀行のことです。

比良木
また、日本銀行の植田総裁は、名目金利が1%程度まで上昇するのを許容するとしました。物価上昇率が2~3%なのでまだ実質金利はマイナスですが、前任者の黒田総裁が名目でゼロ金利を維持していたときと比べると、実質金利を意識しているのはまちがいなさそうです。

土倉
もともと経済学では、実質金利で考えていた。でも、今は名目金利で考えている。どう考えればいいのでしょう。

比良木
実は、世界各国の中央銀行関係者がどこまで信じているのかわかりませんが、「物価の期待理論」というのを基本にしています。期待というとどちらかの方向に期待するように思えるので、「予想」と思ってください。物価変動は、今後物価がどれくらい変化するかという予想が決めるというものです。物価はきわめて主観的なものだ、という考えです。1980年代から広まりました。
その背景に、貨幣数量説があります。物価水準は、物やサービスも賃金も一斉に変化するので、相対的なものである。貨幣流通量が増えれば、それにつれて物価が上下するが本質的には何も変化していない。だから、心理的なもので変化するだけだというわけです。

土倉
銀行の現場からは、想像もできない非現実的な物価観ですね。
ここのところ、物価変動が少ないので、物価のことを考えない習慣が身についたということかも知れませんね。銀行の現場では、そんな大事なことを忘れるようでは銀行員失格です。グラフでわかるように物価があまり変動しなくなった1990年代以降の入社組がほとんどなので、初期研修で習ってから、一度も考えたことがないのでしょう。

比良木
プロがそうなのですから、素人(しろうと)はマスコミ・評論家を含めて、仕方ないのかも知れません。そういうときだからこそ、現場から距離をおいて考えることができる専門家がきちんと説明する必要があります。

土倉
経済学者でそういう指摘をしているのは、野口悠紀雄さんなど少数です。

比良木
アメリカの経済学者、スティッグリッツ氏らの著書『新しい金融論 信用と情報の経済学』の23頁にアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの長期実質金利のグラフが載っています。図Ⅳ-1の実質国債金利の図に対応します。
著者は、石油ショックのようなとき以外は、あまり実質金利に変動がないとして、実質金利を元に金融政策を考える意味があるかどうか、を問うています。ということは、金利操作は金融政策のように見えて、やはり物価追従にすぎないことになります。

土倉
では、少し前の日本銀行のように物価が上がっているのに、金利を上げなければどうなりますか。

比良木
実質金利は、超低金利というよりマイナスになってしまう。それは投機マネーの横行を招きかねません。

土倉
資金調達のコストが低いので、株や土地に資金をつぎこむので投機が進み、実体経済の動きとは掛け離れた株高や地下高騰になりかねません。
銀行の立場で言えば、実質金利が下がると元金に対する金利収入の割合が減り、銀行経営を圧迫します。市場金利が下がるだけなら、資金供給の価値が低いのでしかたがありませんが、政策的に引き下げると弊害ばかりが目立ちます。また、金利を引き下げるために日本銀行が国債を買い占めるので、貴重な収入減である国債の金利収入が得られなくなります。
銀行は国債を市場に出さなければいいと言う人がいますが、銀行間の資金融通の大事な手段である国債を持ったままでいるのは不可能です。日本銀行(中央銀行)は唯一、国債を大量にもったまま、市場に出さずにいることができます。

比良木
経営が苦しくなった銀行は、ATMからお金を引き出すときの手数料を土曜も取るようになり、残高のすくない預金通帳からは毎年手数料を取ると言い出したところもあります。郵便局も局内以外のATMからの引き出しには、時間外手数料を取ったりするようになりました。

土倉
銀行としては、手数料と関係があるとは言いませんが、日本銀行の金融政策が経営を圧迫しているのは確かです。特に経済政策がうまくいっていない大都市圏以外の地域にある地方銀行、信用金庫などは、大変苦しい状況に置かれています。

比良木
日本の金融緩和が、外国の経済政策を混乱させている例も紹介します。
例えば、日本で低金利で借金してドルに替え、アメリカなどの普通の金利のものに投資する「円キャリー取引」があります。円でドルを買うので、それがまた円安を呼びます。ドルやユーロをもっている外国人や外国の法人が円で借りるには、ドルやユーロを担保にして融資を受けます。円で借りるときに円の通貨量は増えます。これが信用創造です。「連載第8回 金融と外国為替相場」と「経済問答 その2」に説明があります。

……

【続きは上記PDFでお読みください】

◆予告

  次回は「産業連関分析」。めずらしく既存経済学の手法を、そのまま紹介します。このままでは、既存経済学がすべて役立たないような印象を与えかねません。産業連関分析とほかの分野の関係のところで、独自の解説を試みます。

 

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