21世紀にふさわしい経済学を求めて 第10回

投稿者: | 2020年9月3日

連載

21世紀にふさわしい経済学を求めて

第10回

桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)

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「21世紀にふさわしい経済学を求めて」のこれまでの連載分は以下からお読みいただけます。
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回

第1章 経済学はどのような学問であるべきか (第1回から)
第2章 需給ギャップの経済学 保存則と因果律 (第2回から)
第3章 需要不足の原因とその対策 (第4回から)
第4章 供給不足の原因と対策 (第6回から)
第5章 金融と外国為替市場 (第8回から)

 

第6章 物価変動と需給ギャップ

物価研究の歴史は長く、戦前からたくさんの研究がある。物価に対する関心は、貨幣の歴史とともにあり、中国では孟子に物価が「一物一価」ではないという記述がある。また、最古の文明であるメソポタミアのシュメル遺跡から出土した粘土版には、楔形文字で物価(銀との交換比率)が載っている。

最近、物価変動が小さくなったせいか、物価が上がっていた高度経済成長期と比べて、物価の研究は非常に少ない。では、物価のメカニズムが解明できたのかというと、そうでもない。元日本銀行総裁の白川氏の著作を読むと、物価の理論はまだまだ完成していないという。

そこで、物価理論を発展させるための議論を展開したい。ただ、物価は需要と供給の問題と密接な関係があるので、第2章~第4章に述べたこととの延長に物価問題を取り上げる。そうでなければ、物価の問題を連載1回のページ数で説明するのは無理である。

個別商品の価格については、章を改めて説明する予定である。既存経済学が、ミクロ経済学と呼んでいる市場モデルであるが、そこでは、筆者が独自に考えた価格分布モデルを紹介する。

 

【参考文献】

『中国古代の貨幣 お金をめぐる人びとと暮らし』柿沼陽平 吉川弘文館 2015年

『文明の誕生 メソポタミア、ローマ、そして日本へ』小林登志子 中公新書2323 2015年

『中央銀行 セントラルバンカーが経験した39年』白川方明 東洋経済新報社 2018年

 

6-1 価格調整と数量調整

物価は、多数の製品やサービスによって、必ずしも同じ割合で変動はしない。しかし、景気につれて、一斉に変動することも多い。物価は、第2章で論じた需給ギャップと同じ方向に変動する。つまり、需要に対して供給が足りなければ物価は上がり、供給に対して需要が足りなければ物価は下がる。「価格調整」である。ただし、通常は物価を変える前に、在庫や生産量の調整で需要に対応する。これを「数量調整」という。

 

▼供給不足

例えば、景気がよくなって、ある製品の需要が増えたとする。はじめは、工場の稼動率を高めて対応するが、稼動率の上限が近づくと価格を上げざるを得なくなる。長期的に需要増加が続くと思えば、値上げの前に、製造ラインを増やしたり工場を増築したりして、設備投資で対応する。

増産のメドがあれば、価格を維持して、しばらく品切れが出ることを覚悟する場合もある。あるいは、今の需要を一時的なものと見なせば、設備を増強せず、値上げか品切れで対応する。なぜ、その場合、品切れにするのか。値上げが、製造メーカーのイメージを悪くするのを防ぐ場合などである。ただし、消費者に直接売るのは小売店であるので、「メーカー」「卸売り」「小売り」で連携して価格設定したり、小売店が価格変動を吸収して最終消費価格が変動しないようにしたりする。

供給不足は、需要との相対的な関係で決まるので、「貧しい国の生産力不足」の場合もあれば、「高度成長期に賃金上昇に生産力が追いつかない」場合もある。また、アメリカのように、賃金が下がっても家計支出があまり減らず、しばしば借金してでも支出を維持しようとする場合もある。いずれも物価は上昇傾向を示す。物価上昇がそのまま好景気を意味しないことに注意したい。

 

▼需要不足

景気が悪くなる場合はどうか。需要が減るので、稼動率を下げる。やがて、コスト割れするほど需要が減ったとする。設備投資を回収しないといけないので、値下げをして売上げを増やし稼動率を維持しようとする。生産設備の耐用年数が近ければ、設備を廃棄して稼動率を上げようとすることもある。さらに需要が減って、販売(卸売り)価格が、人件費や原材料、光熱費などの維持費さえも、まかなえないようになると、製造を中止する場合が多い。

供給不足のときの裏返しで、しばらく待てば需要が回復すると思えば、赤字で操業を続けることもある。資金に余裕が必要で、銀行の融資が受けられるかどうかにも左右される。これが一部の製品や分野だけなら、比較的対処しやすいが、景気全体が悪くなると全般的に物価が下がり、いわゆる「デフレ経済」となる。

 

▼物価と稼動率

以上のように製造メーカーは、需要に応じるために、生産設備の稼動率をコントロールする。単に稼働時間を増減するだけですむ場合と、設備投資や設備の廃棄が必要になる場合がある。サービス産業では、稼動率のコントロールはむずかしい。例えば小売店では、開店時間などを大きく変えることはできず、従業員の勤務時間の変更で対応する部分が大きくなる。

このように物価を左右する要因は、設備の稼動率だけでなく、人手の過不足などの要因も考慮する必要がある。その指標が需給ギャップである。コストのうち人件費の比率が高いサービス産業では、店舗や輸送施設などの生産設備だけでなく、賃金も考える必要があるので、需給ギャップで考えるほうが一般化できるが、傾向は稼動率と同じである。

簡単にまとめると、通常、需要変動への対応は稼動率の変更「数量調整」で対応する。この方法では対処ができない需要変動の両端では、「価格調整」で対応することになる。イメージ図であらわすと以下のようになる。

図6-1 物価と稼動率(需給ギャップ)の「段丘曲線」(モデル図式)

 

筆者は、この関係に「段丘曲線」という名前をつけた。このような関係は、ポストケインズ経済学というケインズ経済学のうちの1つの流派でも取りあげているので、私の独創ではない。しかし、この関係を基本に議論を展開する点に、独自性があると思っている。

もちろん、需要が増加し続けても、設備投資や輸入増加で物価があがらないこともある。将来、需要が伸び続けると予想すれば、あらかじめ設備投資をして、同業者の中で先駆けてシェアを伸ばそうとする。一般に生産規模が大きくなるほど、生産性は高まるので、設備投資はどれだけ資金集めができるかにかかる。ただし、必ずもうかるという保証はない。この融資リスクを銀行などの金融機関は審査して融資を決める。あるいは、社債を発行したり、株式市場で増資して資金を集めることになる。

規模のメリットがあって、どんどんコストが下がると、需要が増え続け無限に生産が増えるというのが、主流派経済学の考え方である。そこでは、生産規模のメリットがないことが前提になっているが、現実に反している。融資の制約は、資金の貸し手の需要予測に対する不確実性の見積もりが決めることになる。また、生産施設を拡大するには調達できる装置や資源の制約もある。

 

【参考文献】

『ポストケインズ派経済学入門』ラヴォア,マルク著、宇仁宏幸、大野隆訳 ナカニシヤ出版 2008年

 

6-2 物価変動の要因

6-1で論じたように、物価変動は、需給ギャップ変動がそのまま反映するわけではなく「数量調整」を経た上で変動するが、変動要因は共通である。ということは、多数の要因が物価には影響していることになる。経済学では、少数の要因にしぼった線形関係(比例的関係)の理論が多いが、もっと多数の要因がからむモデルが重要で、必ずしも数式表現にこだわる必要はない。

図6-2にあげているような「供給不足」でインフレになったときは、その要因として生産投資不足が当てはまる。この場合、金融緩和で利子が下がれば、投資を促進することになる。投資需要があるからである。投資需要が少ないときは、いくら利子を下げても、貨幣供給量を増やそうとしても、効果はない。副作用として、株価や地下が上がるバブル経済の危険性が増すだけである。銀行の信用創造で貨幣供給が増えれば、限度はあるが利子も下がることになる。そうでない状況では別の判断が必要になる。

通貨安でも物価はあがり、原料価格上昇もインフレの原因となる。コストプッシュインフレである。それでも、インフレにしたほうがいいというリフレ理論があるが、経済政策を見誤る。

図6-2 供給不足・物価上昇の要因(「図2-3 生産力不足の要因」と同じ)

 

逆に図6-3のように「需要不足」で物価が下落する(デフレ)とき、売上が減って苦しいからと賃金を下げると、さらに需要が減って売上が減る。悪循環である。それを再帰的要因と名付けた。賃金水準が全般的に低い「賃金割安」のときは、余裕のある企業の賃金や公務員給与、医療・介護報酬をあげることが有力な対策候補となる。ここで重要なのは、状況判断である。賃金水準が低くないときは、別の対策が必要である。

図6-3 需要不足・物価下落の要因(「図2-2」と同じ)

ただし、先述のように稼動率調整の範囲だと物価は変動しない。物価だけを見ていたのでは、経済政策採用の判断がつかないことが多い。そこで、設備稼動率や人手の過不足も含む「需給ギャップ」を指標として、需要不足なら第3章、供給不足なら第4章で、くわしく対策を述べた。MMT理論の根本的欠点も、「物価」があがらない限り財政出動できるとしたことである。物価は限界まであまり変動せず、一端上がり出したらどんどんあがる可能性が高い。

また、たくさんの要因が総合的に物価を変動させる。インフレとデフレの要因が共存して、打ち消すこともある。それぞれの影響を足し引きすることで、一定、現状の要因分析や予測もできる。物理学のニュートンの運動方程式が、力の合力が加速度を決めるとしている、ことと似ている。ただし、経済システムは要因相互間で影響しあうこともあるので、もっと複雑である。それでも、考えられる要因を私の提案した需要不足と供給不足の2つの図から、経済状況に応じた要因の候補をリストアップして、対策を練るのは経済政策の第1段階となる。

 

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