【連載】博物館と社会を考える
第16回
国際博物館の日の起源を巡って
林 浩二
(千葉県立中央博物館 市民研究員)
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【これまでの連載】
第1回 科学館は博物館ですか? (2015年5月)
第2回 博物館はいくつありますか? (2015年7月)
第3回 博物館の展示は何かを伝えるのですか? (2015年9月)
第4回 博物館の展示は何かを伝えるのですか? その2 (2016年2月)
第5回 博物館の国際的動向2016 (2016年10月)
第6回 科学館・科学博物館の社会的役割宣言 (2017年3月)
第7回 世界科学館・科学博物館の日(世界科学館デー) (2017年8月)
第8回 第2回世界科学館サミットと東京プロトコル(2017年12月)
第9回 ツールとしての持続可能な開発目標(SDGs)(2018年3月)
第10回 京都で開催された国際博物館会議ICOM大会(2019年10月)
第11回 博物館の世界的組織の環境保全と教育への取り組み(2022年2月)
第12回 国際博物館会議(ICOM)の博物館定義の改定と博物館法の一部改正(2022年4月)
第13回 新しい博物館の定義が採択されました(2022年9月)
第14回 改正博物館法が施行されました(2023年5月)
第15回 市民参加による発見の共有(2024年4月)
【結論】
- 国際博物館会議(ICOM)「では、5月18日を「国際博物館の日」(International Museum Day: IMD)とし、博物館が社会に果たす役割を広く知っていただき、博物館に親しんでもらうための活動に取り組んでいます」。(ICOM日本委員会ウェブサイト 注1)
- IMDは、ICOM第11回大会(1977)時に開催された第12回総会における大会決議5として「1978年から毎年、5月18日を国際博物館の日とすることを勧告する」が採択されて決定しました。
- ICOM第11回大会はモスクワ大会とも呼ばれますが、モスクワでの会期は1977年5月23日~28日(注2)であり、5月18日ではありません。
- モスクワ大会に先立って5月19日~22日には、レニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)で、それぞれの国際委員会の会合等が行われ、全体会合はありませんでした。
- 5月18日にはエルミタージュ美術館で大会・国際委員会の参加受付だけが行われており、一連の会合の初日であるこの日が記念日として選ばれたと思われますが根拠とする記述はみつかっていません。
- 以上のことから、松浦(2011)の『博物館学事典』での記述は概ね正確と考えます。(注3)
国際博物館の日(IMD)の歴史
IMDは、1977年5月28日に当時のソビエト連邦(注6) (以下、ソ連と表記)のモスクワで開催されたICOMの第12回総会(General Assembly)で「大会決議5. International Museum Day」で提案され、採択されました。決議文にあるように「(翌年の)1978年から毎年5月18日を国際博物館の日とする」ことになり、現在に至っています。
IMDの歴史については、2022年に制作・公開されたサイトに詳しく出ています(注7)。それによると、IMDのアイデアは採択の前年、1976年に遡り、1977年のICOM第11回大会を担うICOMのソ連国内委員会に対して、このIMD提案を含めて大会決議案をまとめるようにICOM本部から依頼がなされました。どの日を選ぶべきかという点について情報はありません。第12回総会で採択された大会決議の全文(注8)は公開されています。歴史ページ(注7)では更に、総会で提案・配布された草案(注9)も公開されています。当然のことですが、草案作成の時点で5月18日とされています。
「5月18日」の起源・根拠
5月18日の根拠の理解については混乱があるように見受けられます。前述のとおり、IMDは提案の時点で毎年5月18日と定められていますので、直接の根拠としては「提案時に5月18日とされた」に尽きます。
国連による「世界環境デー」は、1972年6月にストックホルムで開催された国連人間環境会議を記念して、1972年12月の国連総会で日本とセネガルが、会議の開幕日だった6月5日を世界環境デーとすることを共同提案して、採択されたことで始まりました(注10)。
このように、記念日として関連する会議の開幕日を選ぶことはしばしばあるようですから、1977年のICOM第11回大会の一連の会合の最初の日である5月18日が選ばれたことは想像に難くありません。とはいうものの、「記念した」意図を示す記述はどこにもみつからないので、第11回大会にちなんで5月18日にしたという記述はふさわしくないように考えます。(注11)
ICOM第11回大会の期日・場所をめぐる情報の混乱
IMDが5月18日である起源については結論が出ましたが、一方、ICOM第11回大会については混乱が続いています。すなわち、
・大会名 モスクワ大会 あるいは レニングラード・モスクワ大会 ないし モスクワ・レニングラード大会
・開始日 5月18日 あるいは 5月23日
・終了日 5月28日 あるいは 5月29日
と見解が分かれています。
ICOM本部のウェブサイト(注12)では、第1回から第24回大会の2016年ミラノ大会までの各回の会期、大会テーマが記録されています。1977年として開催地はモスクワ、会期は5月23日~29日と出ています。他の年をみればわかるように、この1週間ほどという会期は一般的なものです。探索当初のわたしの想像は、どこかで5月18日に第11回大会の準備会合や関連の会議が始まり、その日を選んだのではないかというものでした(結果的にはほぼ当たっていたことになります)。
2020年前後になって、ICOM本部のサイトで書誌を含めて各種情報が掲載されるようになってきました。そのうち、ICOMインド国内委員会が第11回大会についてまとめた報告書のタイトルは “The eleventh general conference of the International Council of Museums, Leningrad – Moscow, May 1977” でした(注13)。文書の実物は未見ですが、このサイトを見て、モスクワと共にレニングラードという地名が出てきて驚きました。モスクワ~レニングラード間は現代の特急列車でも4時間以上かかり、当時はもう少し長い時間がかかっていそうです。なお、第11回大会の学術的記録と言える書籍(注14)は1979年に刊行され、5月23日~29日にモスクワで開催と記されています。
<国際委員会の一つ、CIMCIMのサイトから>
ICOMのテーマ別国際委員会の一つ、CIMCIM(楽器の博物館・コレクション国際委員会)のサイト(注15)には、委員会の1977年の活動として
USSR (Moscow; Leningrad), ICOM General Conference, May 19-22
と、また別の日程がでてきます。
ところがCIMCIMのニュースレターのサイト(注16)から1977年の5号(注17)を見つけて、その号の記述から、
・5月19日(木)〜22日(日)にレニングラードでCIMCIMの年次大会を開催した(注18)
・18日(水)はエルミタージュ美術館で終日、ICOM大会参加者、国際委員会参加者の受付
・19日(木)〜20日(金)にCIMCIMの大会
・21日(土)はCIMCIMとして関連の博物館や楽器製作工場を訪問
・22日(日)は午前中にCIMCIMの役員選挙、計画の採択
・モスクワでは国際委員会としてのプログラムはなく、午後や夜に施設見学
と出ています。これで日程がかなり見えてきました。
<ICOMの歴史ページから>
比較的新しく作られたICOMの歴史ページ(注19)の1977年あたりを見てわたしは驚きました。
18 – 29 May 1977, 11th General Conference, Moscow-Leningrad, URSS
(https://icom.museum/en/about-us/history-of-icom/)
サイトのキャプションには1977年5月18日-29日という日程、さらには背景のロゴからも、レニングラードとモスクワで開催したことが分かります。にもかかわらず、ICOM本部のサイトの大会開催地情報としてレニングラード(ないしサンクトペテルブルグ)という地名が出てこないことには不自然さを感じます。
<福田繁の報告、日本委員会による報告書>
順番が逆なのですが、後になって日本語による報告が公開されていることにようやく気がつきました。福田繁(1977年7月)とICOM日本委員会による報告(1978年3月)です。どちらにおいても、レニングラードとモスクワで開催、日程を5月18日~28日としています。福田繁は当時のICOM日本委員会の委員長、国立科学博物館館長でした。この前後の博物館研究の全号を調べていて、1976年11月号でICOM第11回大会情報を記した無記名記事も見つかりました(文献リストに載録)。1977年5月にレニングラードとモスクワでの開催、福田繁を含め全体会での発表者と演題のプログラムは出ていますが、日程は示されていません。
開催されてわずか2か月後に博物館研究で発表された福田(1977)の記事はきわめて詳細・率直で感心させられます。
ICOM日本委員会によるA5判の報告冊子(表紙画像)は『博物館と文化交流 第11回ICOM総会講演集 (Moscow, 1977)』となっていますが、総会ではなく「大会」講演集と理解できます。大会での講演記録の書籍(注14)が1979年に刊行されるよりも前に、どのようにしてこの報告書ができたのか、経緯はわかりません。目次を突き合わせてみればすぐにわかりますが、モスクワでの大会のうち、福田繁の「博物館と国際観光」を含め、学術報告14本はすべて載録されており、貴重な記録です。
実は、わたしは勤務した館の図書室でかなり以前にこの冊子を見かけていたものの、すっかり忘れていました。2020年ころ、改めてこの冊子に辿り着き、見覚えのある表紙に驚きました。
ICOM日本委員会(1978) 『博物館と文化交流』表紙
<日程>
今回、集まった確からしい情報をまとめると、ICOM第11回大会の一連の日程は以下のように理解できます。
(1977年5月)
18日 水 レニングラード(現在のサンクトペテルブルグ) エルミタージュ美術館で参加受付
19日 木 国際委員会、ICOM諮問委員会(Advisory Committee)
20日 金 国際委員会
21日 土 国際委員会(施設訪問等)、ICOM執行役員会(Executive Council)
22日 日 午前、国際委員会。その後、特別列車でモスクワへ移動(注20)
23日 月 モスクワで第11回大会の開会式、全体会(講演)
24日 火 全体会(講演)
25日 水 全体会(講演)
26日 木 エクスカーション
27日 金 エクスカーション
28日 土 総会、閉会式
29日 日 不明
5月28日には大会決議を伴う総会、さらには次回開催予定のメキシコ国内委員会の委員長へのICOM旗のフラグトスを含む閉会式が行われ、これで会議は終了したと思われます。結局、29日に何が行われたか、特に情報は得られていません。福田(1977, p.11-12)には、希望者には、会議後には1週間ほどのエクスカーションがソ連各地へ5コース用意されていたことが記されています。29日はポストエクスカーションの出発日と考えれば、日程に含めることも理解できないこともありません。
IMD前後の関連する記念日
調べてみると、5月18日やその前後には特に自然史分野に関係する記念日がいくつか知られています。*印は日本独自。
4月24日 植物学の日*(注21)
5月4日 植物園の日*(注22)
5月18日 国際植物学の日 (Fascination of Plants Day)
5月18日 植物保全の日 (Plant Conservation Day)
5月22日(注23) 国際生物多様性の日 (International Day for Biological Diversity / World Biodiversity Day)
6月5日 世界環境デー(3節で説明済)
実際にわたしが博物館でトークイベントしていた時には、5月の記念日をまとめて紹介していました。
まとめに代えて
今回は国際博物館の日が5月18日という起源とICOM第11回大会についての探究でした。 いずれにせよ、会期を5月18日からとするなら、「モスクワ大会」では不十分で、「レニングラード・モスクワ大会」と記せばよいと考えます。
次回以降は、1992年以降の毎年の国際博物館の日のテーマについて取り上げます。
本研究は、千葉県立中央博物館の市民研究員制度の一環として実施したものです。
(ウェブサイトはいずれも、2025年5月に確認しました。)
引用文献
国際博物館会議(ICOM)日本委員会(編). 1978. 博物館と文化交流. 140p. ICOM日本委員会(東京都中央区)
福田繁. 1977. 第11回ICOM大会に出席して. 博物館研究 12(7): 8-12. (1977年7月号)
松浦淳子. 2011. 国際博物館の日. p.115. 所収; 全日本博物館学会(編). 博物館学事典. 雄山閣(東京都千代田区)
無記名. 1976. 第11回ICOM大会. 博物館研究 11(11): 9. (1976年11月号)
注
注1 ICOM日本委員会サイトの国際博物館の日
https://icomjapan.org/international-museum-day/
注2 後述するように、最終日が28日か29日かは未確定と考える。
注3 ICOMが3年に一度、1週間ほどで開催する大会(General Conference)と、ICOMにおける最高意思決定機関である総会(General Assembly)の区別が明確ではない。ICOM第11回大会の会期中である1977年5月28日に開かれたのはICOM第12回総会であることと、14ある大会決議の5番であること、都市名の変更については記述が必要と考える。
注4 A little bit of history (ICOMのIMDページ内)
https://imd.icom.museum/what-is-imd/a-little-bit-of-history/
注5 International Museum Day (Wikipedia 英語版)
https://en.wikipedia.org/wiki/International_Museum_Day
注6 ソビエト連邦またはソ連邦などとも略されることがある。正式な国名はソビエト社会主義共和国連邦。1922年から1991年までユーラシア大陸北部に存在した社会主義による大国。その領土の多くや国連での地位などを引き継いで現在のロシア連邦(1991年に成立、通称:ロシア)がある。USSR、URSSなどと略す。
注7 IMDの歴史ページ: Back to the origins of International Museum Day
https://imd.icom.museum/past-editions/back-to-the-origins-of-international-museum-day/
注8 ICOM第11回大会の大会決議
https://icom.museum/wp-content/uploads/2018/07/ICOMs-Resolutions_1977_Eng.pdf
注9 ICOM第11回大会の大会決議文草案
注10 環境の日(Wikipedia 日本語版) https://ja.wikipedia.org/wiki/環境の日
ちなみに、世界環境デー制定の歴史について、英語版の記述や環境省の環境の日の記述は不正確。
注11 想像の域を超えないが、ICOM本部や役員会に相談なく、あるいは慎重な意見、別の日の提案があったにもかかわらず、ICOMのソ連国内委員会・大会組織委員会が第11回大会の一連の日程の初日である5月18日を選んだことに反発して、ICOM本部では「知らない」「わからない」と答えていた可能性は考えられる。たとえばICOMの最初の会合は、1946年11月16日-20日にパリ・ルーブル美術館で開かれており、この11月16日をICOMの設立の日と考えれば記念日の別の有力な候補である。あるいはICOMの第1回総会は、ユネスコの第2回総会に合わせてメキシコシティで1947年11月8日に開催されていて、この日も候補になりうる。
注12 ICOM第1回(1948)パリ大会~24回(2016)ミラノ大会までの開催場所・会期・テーマ・大会決議等(リンク切れあり)
https://icom.museum/wp-content/uploads/2018/07/Past-General-Conferences.pdf
注13 ICOMインド国内委員会による第11回大会の報告書
注14 Museums and Cultural Exchange: The papers from the Eleventh General Conference of ICOM, Moscow 23-29 May 1977, 7+150p. (ICOM, 1979) 英語・フランス語。以下のサイトでPDFが公開されている。
注15 国際委員会CIMCIMの過去の活動のページ
http://cimcim.mini.icom.museum/what-we-do/past-meetings/
注16 国際委員会CIMCIMのニュースレターのページ
https://cimcim.mini.icom.museum/iamic-and-cimcim-newsletter/
注17 国際委員会CIMCIMのニュースレター 1977年の5号のPDF
https://cimcim.mini.icom.museum/wp-content/uploads/sites/7/2019/01/Newsletter_5_1977.pdf
注18 各国際委員会はほぼ毎年、それぞれの年次大会を独自に開催する。一方、ICOMの大会は現在、3年に1回開かれる。それゆえ、大会開催の年には、その大会開催地・大会会場で国際委員会を催すことが一般的(例外もある)。
注19 https://icom.museum/en/about-us/history-of-icom/
注20 規制の厳しい当時のソ連国内だったので、大勢の外国人が自由に行動できるはずはなく、現地での移動はチャーターしたバス、レニングラード~モスクワは特別列車に限られ、宿泊も特定のホテルに集中したようだ。
注21 日本を代表する植物学者・牧野富太郎の誕生日(文久2年4月24日)にちなんで提唱されたらしいが、制定者は不明確とのこと。なお、文久2年当時、日本ではいわゆる旧暦(太陰太陽暦)が使われており、当日は1862年6月22日に当たるので、文久の年号をそのまま西暦に置き換える表記は適切とは言い難い。一方、暦にかかわらず、記念日として月日だけが用いられることはあるようだ。
注22 植物園の日は、公益社団法人日本植物園協会が2007年に制定し、その年から実施された。
注23 国際生物多様性の日は、1993年の国連総会で条約発効の12月29日と決まり、1994年から実施された。ところが、クリスマス~年始の休暇が課題となり、2000年12月の国連総会で5月22日に変更することが決まり、2001年からは5月22日に実施されるようになった。リオ・サミット直前のナイロビでの会合で、生物多様性条約の条文がコンセンサス合意されたのが1992年5月22日であることからこの日が選ばれたとのこと。