連載
21世紀にふさわしい経済学を求めて
第24回
桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)
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「21世紀にふさわしい経済学を求めて」のこれまでの連載分は以下からお読みいただけます。
第1章 経済学はどのような学問であるべきか (第1回)
第2章 需給ギャップの経済学 保存則と因果律 (第2回と第3回)
第3章 需要不足の原因とその対策 (第4回と第5回)
第4章 供給不足の原因と対策 (第6回と第7回)番外編 経済問答その1
第5章 金融と外国為替市場 (第8回と第9回)
第6章 物価変動と需給ギャップ(第10回)
第7章 市場メカニズム 基礎編(第11回と第12回)
第8章 市場メカニズム 応用編(第13回と第14回) 番外編 経済問答その2
第9章 労働と賃金(第15回)
第10章 経済政策と制御理論(第16回)
第11章 経済活動の起原(第17回と第19回)
番外編 経済問答その3(第18回)
第12章 需要不足の日本経済史(第20回と第21回)
番外編 経済問答その4(第22回)
第13章 産業関連分析(第23回)
第14章 武器取引とマクロ経済
近年、日本政府は軍事同盟を結んでいるアメリカ以外への武器輸出を解禁した。実際には、オーストラリアへの軍事用潜水艦の受注に失敗するなど、実績はゼロである。アメリカへの輸出にしても、微々たるものであった。ところが、このほど航空自衛隊の次期主力戦闘機を、イギリス、イタリアと共同開発することを決め、この2国以外の第3国にも輸出できるようにした。第2次世界大戦後、先進国で唯一ほとんど武器を輸出しなかった日本が、「死の商人」に名を連ねることになるのか。
しかし、その前に世界の武器取引の実態は、どうなっているのであろうか。軍事・民生どちらにも使える部品や工作機械は、どう位置づければいいのか。また、各国マクロ経済の中で、武器生産、軍事費がどのような位置をしめているのであろうか。この章では、だれでも手に入れることができる軍事、経済データから様々な指標を算出して考察し、実態にせまる。
なお、今回の内容は、2024年3月に進化経済学会・福井大会で発表したものを再編集した。
古代の防衛拠点「安宅(あたか)の関」は、現代の航空自衛隊小松基地(石川県)に隣接しています。古代・中世の北陸道は、今の小松市内を通らず海岸沿いを通っていました。平安時代末期に題材をとった能「安宅」、歌舞伎「勧進帳」の舞台は、古代・中世北陸道の「安宅の関」です。港もあり物流拠点でした。今は、軍民共用の小松空港が、関に隣接する海岸砂丘上にあります。
将来、国際共同開発した戦闘機が、安宅の関上空を飛ぶのでしょうか。
写真 「安宅の関」の松原の上を飛ぶ自衛隊戦闘機 2023年12月撮影
14-1 武器生産の特徴
1)武器生産のマクロ経済的特徴
武器生産は、耐久品が多いので投資(資産)になるが、生産設備ではない。そういう意味では生産設備過剰の不況期には、需要を増やして設備稼動率を上げて景気対策(有効需要)になる。それに対して、生産設備を増やす投資は、設備稼動率が落ちているときはさらに遊休設備を増やして不況を深刻化する。経済学では、この区別をすることなく設備稼動率を上げるとすることが多い。注意が必要である。
武器のうち弾薬などの消耗品は、もちろん有効需要である。生産力不足になやむ途上国にとっては、貧しさの原因になる。需要不足の先進国も、自国が戦場になると景気がよくなると喜んでいる場合ではなくなる。生産設備破壊は供給不足を招く。武器生産は生産能力にはならないが、個人に直接の効用がないという意味では、設備投資と同様である。
2)軍事と産業の関係
軍事と産業の関係で以下のように分類できる。軍事と民生の中間に、軍事と関連の深い住民監視や世論操作技術がある。技術や産業はいろいろな社会問題を引き起こすが、その中で「住民監視・世論操作技術」は軍事と関連するものとして、軍事の問題と一緒にとりあげるべき問題だと考える。既存の議論に対して、新たに[B][C]を加えた。そして、[D]であっても軍事と無関係とは言えない。
[A]軍事産業
武器や軍事関連サービスなどを直接提供している産業。ほとんどが軍事にしか使えないものをあつかう産業も含める。
[B]軍事関連製造業
部品・中間製品納入は、民生品と共通のことも多い。軍事産業と言うには無理があり、最近のことばでいうとデュアルユースである。工作機械メーカーは、その中で超精密加工ができる産業が最先端の兵器や部品をつくることができる。コスト度外視の軍事費でこそ成り立つと言えるかも知れない。超精密加工技術は、医療機器、半導体生産とも通じる。ヨーロッパ各国は、ドイツを除いて製造業が衰退しているが、軍事産業を維持して国際収支を支えているが、軍事技術の民間転換は簡単ではない。
日本は民生用の精密工作機械では、世界のトップグループに入るが、超製密工作機械では欧米には追いついていない。技術面だけ考えても、今さら、軍事技術の世界で競争できるかあやしい。
[C]情報産業
情報産業の軍事部門への参入が著しいが、製造業を中心とする既存産業以上にデュアルユースである。武器製造設備は民生転換がむずかしいが、情報産業はもともと共通の装置やサービスが多く区別ができない。民間のために開発した技術が、容易に軍事転換できるものが多い。逆もしかり。新たなデュアルユース問題を引き起こしつつある。軍事と住民監視技術も共通点が多く、人工知能による個人識別(顔、歩き方など)は大きな問題になりつつある。
[D]直接関係のない企業や資産家の余剰金
軍事と関係のない企業や資産家の余剰金は、結果として資金バランスから間接的に武器などの軍事予算となっているはずである。軍事と関係がなくても、巨大企業が大きな利益をあげ、内部留保を確保するためには、世界のどこかでだれかが多額の借金をしている必要がある。多くの国が、多額の国債発行で予算を確保している。余剰金増大が低賃金によってもたらされている部分も大きい。賃金の上方硬直性が問題になっている裏側に、軍事予算増大を疑わせる。
3)軍事産業にとっての戦争と利潤
戦争がおきると在庫の処分ができ、稼動率が上昇するので、当初は追加コストがかからず大きな利益が上がる。情報産業では、民間転用が簡単なので、戦争が途中で終っても過剰設備をかかえて困らない。
一般に軍事産業は利潤率が高い。そのかわりコスト意識が働きにいくいので、武器製造業では民生転換がむずかしい。また、人材は、アメリカでは軍事に近い宇宙産業で、NASA浪人が社会問題になった。日本の武器産業は利潤率が低い。武器輸出がほとんどないので、防衛省の発注にムラがあると稼動率の低下に見舞われる。アメリカ以外への武器輸出解禁を迫る圧力となっている。
4)科学技術開発と軍事
本来、科学・技術は、ガリレオ、ダビンチの時代から軍事技術として発展した。世界のベンチャー企業も、軍事予算による支援の大きさを見逃してはいけない。欧米・日本も軍事が技術進歩をリードした歴史がある。第2次世界大戦から官民の区別があいまいになる総力戦になり、デュアルユースが顕在化。
この章では、それをさらに分割して4分類とした。この4分類による産業と軍事の関係の分析は今後の課題として、以下、世界的な軍事と経済の関係を国際データから考察する。
14-2 武器生産の実態
1)世界の軍事産業
ストックホルム国際平和研究所のサイトから、世界の軍事産業のリストをつくった。この研究所は、毎年軍事産業の売上トップ100を公表している。その21年分を使って、出現回数を数え国別リストにした。名だたる企業が名を連ねている。この元データは古い年代にまちがいがあって、21年で27回出現などあきらかにおかしいところがあったので、フル出場21回に改めた。どの会社と間違ったかは見当がつくが、そのままにした。
日本のメーカーは9社だが、石川島播磨重工がIHIに社名変更したので、実質8社。7頁の表の下に国別企業数をあげた。249社のうちアメリカは110社で圧倒的。イギリス、ロシア、フランス、韓国がそれに続き10社以上。中国、日本が9社。イスラエル、ドイツ、イタリアが5社以上。この中で日本だけが、ほとんど輸出していない。
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