【連載】21世紀にふさわしい経済学を求めて(23)

投稿者: | 2024年2月22日

連載

21世紀にふさわしい経済学を求めて

第23回

桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)

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「21世紀にふさわしい経済学を求めて」のこれまでの連載分は以下からお読みいただけます。

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回

第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回

第13回 第14回 第15回 第16回 第17回

第18回    第19回 第20回 第21回 第22回

第1章 経済学はどのような学問であるべきか (第1回)
第2章 需給ギャップの経済学 保存則と因果律 (第2回と第3回)
第3章 需要不足の原因とその対策 (第4回と第5回)
第4章 供給不足の原因と対策 (第6回と第7回)番外編 経済問答その1
第5章 金融と外国為替市場 (第8回と第9回)
第6章 物価変動と需給ギャップ(第10回)
第7章 市場メカニズム 基礎編(第11回と第12回)
第8章 市場メカニズム 応用編(第13回と第14回) 番外編 経済問答その2
第9章 労働と賃金(第15回)
第10章 経済政策と制御理論(第16回)
第11章 経済活動の起原(第17回と第19回)
番外編 経済問答その3(第18回)
第12章 需要不足の日本経済史(第20回と第21回)

第13章 産業連関分析

今まで、主流派経済学(新古典派経済学)を中心に既存の経済学の批判ばかりしていると、この連載を読まれた方は思っているかも知れません。しかし、既存の経済学にも現実的な分析方法「産業連関分析」があります。この産業連関分析と、統計学的な方法を使うマクロ経済分析を組み合わせた計量経済学は、高度成長期以後、経済予測とそれに基づく経済政策立案の基礎となっていました。産業連関分析がなければ、経済学は学問の体をなしていなかったかも知れません。

産業連関分析は、個別の産業政策と国単位のマクロ経済政策をつなぐ有力な方法です。この方法をあみだしたレオンチェフ(1906-1999)は、ロシア生まれのアメリカ人で、1973年にノーベル経済学賞を受賞しています。ノーベル経済学受賞究の中では、現実経済の分析に役立つ数少ない研究です。

 

13-1 産業連関分析とは

産業連関分析とは、産業間のものやサービスの流れを金銭表示で表わしたものです。実際に物が何トン、サービスがのべ何時間とする表も成り立ちますが、その後の応用の範囲が狭いのであまり使いません。資源消費や環境影響まで考えるときには、一定必要になります。

分析に使う産業連関表は、どの産業からどの産業に、原料や中間製品、サービスをどれくらい提供しているかを表の形で表わします。

 

図表13-1 産業連関表(投入-産出)の仮の数値例 単位:兆円

例えばこの表では、産業1から産業2に30兆円、同じ産業1から産業1に100兆円分の原料やサービスの提供があったことがわかります。次の表は、同じことを図にしたものです。矢印が上の表の数字に対応します。ただし、輸入は個別産業への投入を把握するのがむずかしいので、最後に輸入と相殺する形にしています。2国以上の国際貿易を含めた産業連関分析もあるので、データがそろえば産業別の輸出入をとりいれた表を作成することもあります。実際には、産業分類はもっと多く最低でも13分類くらいはします。分かりやすくするために、最低限の2分類にして説明しました。

 

図表13-2 産業連関表の図解

産業間のやりとりではなく、消費者に供給したり、完成した建築物を投資として供給したりして、流れが終ることもあり、最終需要とか最終支出と言います。輸出に向かうものもあります。国内の総生産量は、最後に輸入額を引き算して求めます。GDP(総付加価値)には、表の左側の中間支出は含めません。最終需要の中の価格の中の一部を、中間卸売価格として含んでいると考えるからです。中間取引総額はGDPに匹敵する額になりますが、中間取引の中でも、何回も元の原料やサービスを含んだ金額を足しあわせるので、このような金額になります。しかし、中間支出も最終需要もすべてふくんだ国内生産(総売上)という概念もあります。

この方法は、実際の取引を整理集計したものですから、経済学があつかうマクロ(国単位が多い)経済モデルとは少し様子が違います。あまり仮定を置かずに表を作成します。ただ、できた表を解釈・応用するとき、どのような仮定を置くかで結論が変わってきます。

例えば、この分析法は、新古典派経済学の一般均衡モデルに対応しているという解釈があります。しかし、ものを送り出した産業側と受け取った側で同じ金額になっていることを表わしているだけで、何らかの調整機構(均衡)が働いて、同じ額になるようになっている訳ではありません。

 

13-2 産業連関表の使い方

この表をたどると、どの産業からどに産業にどれくらい、ものやサービスの移動があるかをたどることができますが、表全体として時間の推移を表わしている訳ではありません。国全体として、同時決定している状態を表現しているので、因果関係ではありません。政策的に変えられるところを変えて、それがどのように影響するか。例えば、国が高校事業を増やすと、国全体でどれだけ生産量が増えて、GDPが増えるか、というような使い方をします。産業ごとの影響もあつかいます。いろいろな前提がある計算ですから、様々な工夫をしないと予測がはずれます。地震のように思わぬ出来事で、予想が大きく外れることもあります。

どこまでくわしく産業を分類するか、という問題があります。くわしいほど、細かく産業の実情や影響を調べることができますが、データ収集のコストが劇的に増えます。産業連関表からいろいろな計算をして得た結果が複雑になって、解釈がむずかしくなることもあります。コンピュータが未発達な時代は、データが少し増えるとさまざま予想計算に時間がかかりすぎて、結果がでませんでした。また、金融危機のような全産業に影響がある場合、シンプルな最新情報を使って影響を考えたほうが有効なこともあります。経済現象は複雑なので、分析目的が達成できるなら単純なほうが分析の簡単で速報性もあります。

日本政府のつくっている産業連関表(2015年)には、37分類、107分類、187分類の3つがあります。それぞれの目的によって使い分けます。今のパソコンなら、いろいろな計算も瞬時にできますが、総務省のホームページを見ると様々な計算結果や中間処理データも提供しています。例えば、「投入係数表」や「最終需要項目別生産誘発額等諸表」です。生産誘発額とは、例えば政府がある支出を増やすとどれくらい国全体で最終支出(需要)が増えるかを需要の分類ごとに産出したものです。

 

13-3 産業連関表の数学的な意味

ここで簡単に数学的な説明をします。図表13-1は、横の1行が1つの数式になります。各項目を中間合計(中間需要と最終需要の小計)をのぞいて、足した結果が右端の「国内生産」額になるという単純なものです。次の説明のしやすさから、図13-1では右端の「国内生産」を左辺にもって行きました。

国内生産=中間需要+最終需要-輸入

この表の産業間の取引の2×2表の部分をその産業の国内生産額で割り算します。すると例えば、受け取った原料の価格当たり、どれだけ生産したかの比率(係数=中間需要÷国内生産)がわかります。それを4つとも計算します。これを「投入係数行列」といいます。図表13-3参照。

図表13-3 投入係数行列の例

産業1の行だけについて、これをさきほどの式に組み込みます。[]内は説明。

国内生産[産業1]

=中間需要11[産業1→1]+中間需要12[産業1→2]+最終需要-輸入

=(中間需要11÷国内生産1)×国内生産1+(中間需要12÷国内生産2)×国内生産2+最終需要-輸入

=投入係数11×国内生産1+投入係数11×国内生産2+最終需要-輸入

=0.333×300+0.413×210+170-20=300

同じ数で割って掛けるなど、いかにも人為的な感じですが、1行だけでなくすべての産業で式をつくると意味が出てきます。1行目にも2行目の産業が出てくるので、すべての産業がセットになった連立方程式です。ここで最終需要をある額増やすと、全体の国内生産やGDPはどれだけ増えるか計算しようとすると連立方程式を解く必要があります。例えば、図表13-1の最終需要合計280を300にするなど。

ここから先は、線形代数学(行列)の知識が必要です。連立方程式は中学で、行列は高校理科系で習いますが、苦手な人も多いと思うので、大体の筋書きを理解していただければ結構です。最後に参考文献をあげておきます。

産業分類をやめて1つにするとどうなるかを図にしてみました。消費と投資も最終需要としてまとめました。対応する表と数式も載せました。非常にシンプルなGDP構成の式になります。

 

図表13-4 産業を1つに統合

   

13-4 広がる応用

産業連関分析は、このままでは現実的な分析ができないので、生産設備が資本としてどれだけあるかとか、価格変動はどうなるとか、稼動率はどれくらいかとか、数学的な拡張モデルをつくることができます。実際に分析するには、それに見合った追加データが必要ですが、見合ったデータがあるとは限りません。実際には、稼動率低下=需要不足が原因のケインズ型不況がうまく描けていません。

その上、経済には根本的に不確実性があり予測を確実に行なうことはできません。それが、経済政策を混迷させています。そこで、不確実性を前提とした制御理論を紹介しました。予測は出来る限り正確に行なう一方、政策段階では経済システムの反応を見ながら軌道修正するというものです。コントロールができない世界情勢について複数の前提をおいて、いくつかの予測を並列することもできます。そうすれば、当初の前提がくつがえったときに対処しやすくなります。財政支出の効果が思ったよりも小さければ、補正予算で増額する。最近ではあまりありませんが、予算の減額補正が必要なこともありえます。

産業連関分析は、財政政策による効果の経済予測など経済分野以外に、環境影響や資源消費なども分析できます。ある産業の生産額あたりどれだけ汚染物質や温暖化物質が出るかの比率(原単位)が分かっていると、表の右側に最終需要と並べて汚染物質排出量が、金額ではなく物質量として計算できます。

レオンチェフは、環境影響や武器産業の実態解明にも使うことを想定していました。この分野の研究がもっと発展することを期待したいと思います。また、世界的な富の移動をとらえることができれば、タックスヘイブン(国際的課税逃れ)の痕跡がつかめるかも知れません。武器輸出と国際的富の移動の関連をつかもうと、筆者は個人的にデータを整理しています。連載でもご紹介する予定ですので、ご期待を。

 

【参考文献】

『Excelでやさしく学ぶ産業連関分析』
石村貞夫、劉晨、玉村千治 日本評論社 2009年 3200円

『産業連関分析ハンドブック』
宍戸駿太郎監、環太平洋産業連関分析学会編 東洋経済新報社 2010年 4800円
研究者向けなのでむずかしいですが、各分野を基礎から応用まで網羅しています。

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【連載】21世紀にふさわしい経済学を求めて(23)」への1件のフィードバック

  1. 宮崎稔也

    産業連関表を使って、循環型社会の形成度合いの定量化を試みている、在野研究者の者です。
    市民研の方に、産業連関表に精通されている方がいるとわかり、嬉しくてついコメントさせていただきました。
    これを機に、市民研の活動にコミットしてみたいなと感じております。

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